第7話 ハジメの妹
「まったく、最近は忙しくて一服する余裕もないですよ」
リツがボヤくと、ハジメはスマホを弄りながら
「全くだな」と生返事をした。
あまりにも関心がなさそうな声色だったから、リツが露骨に頬を膨らませてしまう。
「誰かさんは最近、全く付き合ってくれませんし。張り合いがないですよ」
「酷いヤツがいたもんだな」
リツの頬がさらに膨らんで、リスのようになっていく。
「二枝ハジメという先輩なんですけど」
「へー。オレと名前が似てるな」
数々の皮肉をスルーされてしまい、リツは苛立ちのあまり、タバコの煙を一気に吸い上げた。
喫煙室にて、ハジメとリツは雑談をしているのだ。
昼食後の一服である。
(本当、タバコ吸ってるのに違和感あるな)
まるで夢の国のマスコットキャラが喫煙する現場を目撃してしまった時のような、シュールな背徳感がある。
(この見た目で酒もタバコも
本人曰く「大学生時代の元カレの影響で吸い始めた」とのことだ。
しかしあまりにもタバコにハマりすぎてしまって、その彼氏に嫌われたらしい
それでも懲りることなく吸い続けていて、今では立派なヘビースモーカーである。
(その元カレの気持ちはわかる。ギャップがエグすぎる)
SNSでメタマちゃんにリプライを送り終わって、ハジメはようやく顔を上げる。
そこでようやく、リツが不機嫌なのに気づいて「何かやったかな?」と不思議そうな顔を浮かべた。
「まあ、タバコはほどほどにね。若いうちは平気だけど、年を取ると一気にクルからな」
「よく言いますね。先輩もタバコを吸ってたのに」
「だからこそ、だよ。タバコの悪影響は身に染みているからね。大分後悔してる」
リツは、ハジメの沈痛な顔をみても「そういうものですかねえ」と呑気に呟くだけで、全く聞く耳を持っていない。
「先輩はよく禁煙なんかできましたよね。ボクには苦痛すぎますよ」
「メタマちゃんのためだからな」
ハジメが禁煙を決意したきっかけは、メタマちゃんの発言だった。
『タバコを吸っている人は苦手』と聞いた次の日にはタバコをすべて捨てて、きれいさっぱり喫煙をやめたのだ。
3か月以上経った今でも、きっちり守り続けているあたり、狂気的である。
今喫煙所にいるのは、ただの付き合いだ。
「いや、メタマちゃんのためって言っても……顔を合わせることも絶対にないんですよ。気にすることないじゃないですか」
ぶっきらぼうに言ったリツは、先輩に向けてタバコを差し出した。
だけれど、ハジメは首を横に振る。
「確かにそうかもしれないが。〝好きな人の好きな人〟になれなくても、〝嫌いじゃない人〟ぐらいにはなりたいじゃないか。
そうじゃないと、自分に肯定感を持てない」
言い切ると、ハジメは諦めたようにハニカんだ。
良くも悪くも年齢相応には見えない、子供っぽくて儚げな――青春っぽい表情だった。
それを目の当たりにしてしまって、リツは大きなため息をついた。
「まったく、張り合いがなさすぎますよ……」
そして、少し早口で続ける。
「一体全体、メタマちゃんのどこが好きなんですか。かわいいVTuberなんてごまんといるじゃないですか」
ハジメは両手の指を一本ずつ折り数えながら、声に出して答えていく。
「声だろ。言動だろ。価値観だろ。ガワの見た目だろ。ゲームの趣味だろ。歌声だろ。ファンサービスの良さだろ。笑い方だろ。リスナーを好きなところだろ。メンヘラなところだろ。面倒くさいところだろ。それでもいつも楽しそうなところだろ。たまに見せてくれる弱いところだろ。それに……」
「もういいですよ! 全肯定オタクじゃないですか」
リツはドン引きしながら、新しいタバコに火を点けた。
「うるせえよ。全肯定の何が悪い」
「盲目すぎますよ。地獄まで一緒に行く気ですか」
「彼女が望むならそうする」
ふいに脳裏に『束縛愛を愛している同僚の姿』が浮かんだが、無視することにした。
「大体、先輩は好きな理由の中に、大事なことを入れてないじゃないですか」
「なんだよ?」
「おっぱいがデカいじゃないですか。先輩はおっぱい星人ですもんね」
「ぶほっ!」とリツのあけすけな物言いに、ハジメは盛大にとせき込んだ。
「……そんなことはあまり言うなよ。恥じらいは無いのか」とハジメが忌々しそうに
「初対面で『オレはおっぱい星人なんだ』とカミングアウトしてきた先輩が言わないでください」とリツはしたり顔で言い返した。
言い合いはさらにヒートアップしていく。
「それはお前が『ボクってかわいいですよね?』とか言い出すからだろ」
「先輩がボクの顔をじっと見つめていたからじゃないですか。変な視線で」
「しょうがないだろ。性別がどっちなのか、パッと見でわかんなかったんだから」
「それで顔を見つめるとのはどうなんですか。正直、一目惚れでもされたんだと思いましたよ」
リツが煽るような口調になると、ハジメの語気が強まっていく。
「そんな訳あるか。失礼な後輩だなっ!」
「いきなり性癖をお披露目した人が言わないでくださいよ! 正直、ビンタをしそうになりました」
ビンタの素振りをするリツの姿を、ハジメはジトッとした目で見つめる。
(今の姿を
ハジメは密かに、安堵の息を漏らした。
「はぁ、全く……。入社初日から予想外の連続でしたよ。かなり心配な社会人スタートでした」
ふと、リツが入社してきた日のことを思い出す。
ハジメのリツに対する第一印象は「なんでこんなヤツが工場に来たんだ」だった。
見た目がよくて、人好きがして、要領もよくて、工業系の知識や技術も非常に高い。
正直言って、この工場に求められる以上のスペックを持っていた。
もっと効率的にお金を稼げる場所なんて、いくらでもあっただろう。
だからこそ、最初に志望動機を訊こうとし考えていた。
しかし、リツの第一声が前述した「ボクってかわいいですよね?」発言だったのだ。
その衝撃で『志望動機を訊く』なんて計画をすっかり忘れてしまったのだ。
(そういえば結局、志望動機を訊いてないなぁ。でも、機会があればでいいか)
ハジメが改装している間に、リツはなぜか自分の胸をペタペタ触り始めていた。
「なんでボクにはおっぱいがないんでしょうね」
「突然、何を口走ってるんだ?」
「最近、母性の包容力とか癒しがすごく恋しいんです。永遠にふわふわのおっぱいに埋もれたいです」
そう漏らすリツの顔は、とても疲れているように見えた。
「お前も大変なんだな」
本当に同情した顔をしながら
リツの心境は穏やかではない。
「ぎ、ぐぬぬ……」とリツは言いたいことを無理矢理呑み込んだ後「……もういいです」と
それから、リツは独り言のように
「もうイヤ。こんなおっぱい星人の先輩……」と漏らした。
それを聞いたハジメは、ポリポリと後頭部を掻く。
「仕方ないだろ。性癖云々じゃなくて、もっと根深い事情があるんだから」
「どういうことですか?」
リツの何気ない問いに、ハジメは少し顔を背けながら答えていく。
好奇心が刺激されたせいか、リツは少し元気になっている。
「妹が貧乳だったんだよ。どうしても重なって見えるから、貧乳には興奮できないんだ」
リツは意外そうに息を吐いた。
「へー。妹さんがいたんですか。初めて知りました」
「ん。まあな。妹と言っても双子だけど」
「それは……見たくないような」
そう
おそらくは『ハジメがそのまま女になった姿』を想像したのだろう。
「妹はかわいかったよ!
二卵性双生児だったから、全然似てないしな。小さい頃は『ママのお腹の中から美女と野獣』なんてバカにされてたぐらいだ」
双子と言っても〝一卵性双生児〟と〝二卵性双生児〟が存在する。
一卵性は99.9%が同じ遺伝子だけど、二卵性は約50%しか一致しない。
そのため見た目や性格が、一卵性と比べて似ていないことが多い。
遺伝子だけで言えば『同じ時期に妊娠出産した兄弟』と表現した方が近いかもしれない。
「へー。それは興味があります。もっと聞かせてください。その妹さんのこと」
リツが興味半分と言った顔を訊くと、リツは一瞬悩んだ。
(隠す話でもないか)
話そうとして軽く息を吸った。その瞬間だった。
キンコーンカンコーン、とチャイムが鳴った。
昼休憩終了5分前の予鈴だ。
「ああ、もうそんな時間か。ほら、午後も頑張るぞ」とハジメが急かすと
「しょうがないですね。後でちゃんと聞かせてくださいよ」とリツは念を押した。
喫煙所から出ようとして、リツはふと足を止めた。
そして、ハジメに向き直った。
「あと先輩、よく普通に会話できますね」
リツは耳を指さすジェスチャーをした。
ハジメはずっと骨伝導型のイヤホンをつけて会話していたのだ。
無論、流れているのはメタマちゃんの声だ。
「オレがメタマちゃんの声とそれ以外を聞き分けられない訳がないだろ。
もうオレの鼓膜の形は、メタマちゃんの声に最適化されて、進化している」
「コワッ……」
リツは戦慄のあまり、身をブルリと震わせるのだった。
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かなりギリギリで脱稿したので、誤字脱字などがあればコメント頂けると嬉しいです!!
また、応援や★も待ってます!
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