第23話 私の部屋

 フェリエッタと黒薙くろなぎは、第三班への挨拶あいさつを終え、皆がいるミーティングルームをあとにする。彼女たちは、廊下ろうかを先へと進み、別の場所へと移動していた。


 目的の場所は、ミーティングルームから離れた場所にあった。黒薙が、ある扉の前で立ち止まり、その扉を開ける。


「え、ここが私の部屋なんですか!?」


「はい。フェリエッタは、今後この部屋で生活するようにしてください。」


 組織へと加入かにゅうしたフェリエッタには、職員用の部屋が与えられていた。その部屋は、今まで彼女が暮らしたどんな部屋よりも広く、生活するための設備がととのっていた。


 フェリエッタは、ふらふらと部屋の中に入ると、履物はきものも脱がずに、すぐ近くに設置されていたベッドへとダイブする。


「こんなにフワフワのベッドも、初めてです。」


 毛布もうふの中に顔をうずめながら、フェリエッタは言った。黒薙は、ベッドに飛び込んだフェリエッタを見て、寝転がっている彼女の近くに腰掛ける。


「どうでしたか、新しい仕事仲間は?」


「皆、いい人そうでした。」


「それは、良かったです。」

 

 黒薙が、横を見ると、毛布に埋もれるフェリエッタの頭があった。彼女の髪は、きれいな白色で、光の辺り具合によっては青く輝いて見える。


 黒薙は、ギプスをはめていない方の手を、思わず彼女の頭へとなでようとして伸ばす。しかし、突然フェリエッタが顔を上げたことに驚き、手を引っ込めてしまう。


「というか、クロナギさん、またかしこまった言葉で話していません?」


「え!?」


「あの時は、もっと親しげに話してくれたでないですか。」


 フェリエッタは、微妙にムスッとしたような顔で、黒薙にうったえていた。おそらく彼女は、黒薙がバディを再結成したときの話をしているのだろう。


「あー、今は仕事中ですし、他の人もいたから…。」


「なら、今みたいに私と二人の時はいいですよね。」


「いや、それは…。」


 あたふたしている黒薙が、ちらりとフェリエッタの方を覗くと、彼女は無言で黒薙をにらんできていた。黒薙は、その圧力にくっしてしまう。


「んー、あー、…分かったって。こんな感じで、少しずつでもいい? フェリエッタ。」


「はい、それで全然大丈夫です! ありがとうございます!」


 フェリエッタは、嬉しそうな笑みを浮かべ、黒薙に微笑ほほえみかけるのであった。




「それじゃ、私はとなりの部屋に住んでいますので、なにかあったら声をかけてくだ、…かけて。」


 黒薙はそう言い残すと、フェリエッタの居室きょしつから出て行ってしまった。


 フェリエッタは、黒薙を見送ると、ベッドの上に再び転がって寝返りを打つ。


(こんなに広くてきれいな部屋、ホントに私が住んでいいんだ。ありがとうございます。女神トリア様。)


 フェリエッタは、部屋の天井を見ながら、初めて感覚を噛みしめていた。そして、この世界に連れて来てくれた女神に感謝するのであった。


 もといた世界では、幼少期は孤児院こじいんでの貧しい生活で、学生時代も小さな寮に住み、領主のもとで専属魔導士せんぞくまどうしとして働いていた頃は冷遇されながら暮らしていたことを考えると、ここでの生活は夢のようである。


 それに、久しぶりに友達も、やさしい仕事仲間もできた。


(…なのに、私の心にひっかかるこの思いは何なんなのでしょう。)


 フェリエッタは、も言われぬ喪失感そうしつかんに襲われ、ベッドの上をゴロゴロと転がる。


「あ! そういえば。」


 ベッドの上でうつぶせになっていたフェリエッタは、黒薙が来る前に宇奈月うなづきからもらっていたものがあったことを思い出す。身体を起こし、持ってきたわずかばかりの手荷物の中をあさった。


「あった!」


 そう言ってフェリエッタが取り出したのは、チョコレートの箱だった。それは、宇奈月に甘いものが好きなことを伝えると、わざわざ買ってきてくれたものだった。


「…これ、どうやって開けるんだろ。」


 箱の開け方が分からないフェリエッタは、しばらくの間しげしげと箱をながめていたが、解決法を思いつくことはできなかった。箱をひっかくが、引っかかるような部分もない。


ピンポーン


 部屋の扉の方から響くチャイムの音に驚き、フェリエッタは思わずチョコレートの箱を落としそうになる。フェリエッタが、何が起きたのかと音がした方角を見ていると、次は扉が叩かれる。


(ク、クロナギさんかな?)


 そう思い、フェリエッタが扉の取っ手に手をかけると、部屋の鍵が開いた。


 扉を開けると、そこには江良川えらがわが立っていた。江良川の背は、フェリエッタより高く、少し見上げないと顔が見えない。


 彼は、鋭い目でフェリエッタを睨みつけていた。


「え? あの、えーと。」


「…ミーティングルーム。」


 不意の来訪者らいほうしゃに戸惑い、言いよどんでいるフェリエッタに、江良川がぽつりと口を開いた。


「は、はい?」


「…さっきの部屋で、笹平ささひらが歓迎会するらしいッス。」


「歓迎会って、もしかして私のですか?」


「ああ、だから来いって言ってた。」


「わ、分かりました。わざわざ言いに来てくれたんですね。ありがとうございます。」


「で、行くんスか?」


「い、行きますから、ちょっと待ってください。」


 そう言って、フェリエッタは身支度みじたくをするために部屋の中に戻ろうとする。江良川は、戻ろうしたフェリエッタの手に、チョコレートの箱がにぎられているのを、見つける。


「…それ。」


「え?」


「その箱。」


「あ、これですか。あ、開け方が分からなくて…」


「…貸して。」


「はい?」


「開けるんで、それ。」


 そう言われたフェリエッタが、江良川にチョコレートの箱を渡すと、江良川は器用に箱を開けて、中にあるチョコレートを取り出す。


「…これ。」


「あ、ありがとうございます。」


 ふたが空いた箱をフェリエッタに手渡すと、江良川は振り返り、何も言わずにそのまま去ろうとした。


 それに驚いたフェリエッタは、思わずその後ろ姿に声をかける。


「あ、あの。」


「…別に、アンタ一人じゃねぇ。」


「え?」


「俺も、最初こっちの世界に来た時は、いろいろ分かんねぇことばっかだった。だから、…ここにいるのは、アンタだけじゃないッス。」


 江良川は、立ち止まり、フェリエッタにそう言うと、向こうへと行ってしまった。


 彼のしゃべり方は非常にぶっきらぼうで、その言葉は一方的なものであった。だが、それでもその言葉を聞いたフェリエッタは、先程さきほどまで抱えていたものが少し和らいだ気がした。


(女神トリア様、私は、この世界で頑張ります。どうか見守ってください。)


 フェリエッタは、胸に下げている女神をしたネックレスを握り締めながら、江良川の後を追いかけるのであった。

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