第二章 回収部の日常編

第21話 新たな出会い

 コカトリスの回収任務かいしゅうにんむから、数日後のことである。


 療養りょうようを終えた黒薙くろなぎは、病室をあとにしていた。彼女の身体からだは、左腕にギプスを付けた状態ではあるが、それ以外は問題なく活動できるまで回復していた。


「あ! クロナギさん、こっちです!」


「フェリエッタ、もう来ていたのですね。」


 廊下を歩きだした黒薙は、病室のすぐの近くで待っていたフェリエッタに呼び止められる。その近くには、宇奈月うなづきもいる。


「クロナギさん、もう動いて大丈夫なんですか?」


「はい。医者からも、許可は貰っています。」


「良かったですね。」


「宇奈月班長も、本日はいありがとうございます。」


「まぁ、僕にしてやれるのは、これくらいだからね。」


 本日は、黒薙の回復を待っていたフェリエッタが、正式に黒薙達が所属する組織IDIOMへと加入した日であった。そして、初めてフェリエッタが、他の第三班の班員と顔見せをする日でもある。


「クロナギさん、早く行きましょうよ!」


 フェリエッタは、正式に加入するまで部屋から自由に出られなかった反動なのか、やたらテンションが高い。そんなフェリエッタに引っ張られるようにして、黒薙は進みだした。

 

 彼女たちの後ろから、宇奈月がついて歩く。


「ウナヅキさん! 第三班ってクロナギさんたちがいるところですよね。皆さん、どんな方たちなんですか?」


「あぁ、えーとね。なんというか、面白い奴らじゃないかな。」


「面白い、ですか?」


「うん、面白い。例えばね…」


 そこまで答えた宇奈月は、急に足を止める。黒薙とフェリエッタはそのことに気づき、一緒に止まる。


「宇奈月班長、どうしたのですか?」


「いーちゃん、すまん。別の仕事があることを思い出した。後のことは、任せていいか?」


「え?」


「今いる第三班の班員は、全員ミーティングルームに集めているから、あとはよろしく。」


 宇奈月は早口でそう言い残すと、きびすを返し、足早に去っていった。


「何かあったんですかね?」


「…まさか。」


「おい! そこにいるお前ら!!」


 宇奈月が去っていった後を、呆然ぼうぜんと眺めいていた黒薙達を、誰かが大声で、背後から呼びかける。


 驚いた二人が振り返ると、そこには長身ちょうしんによく似合うスーツ姿の女性がこちらに向かってきていた。彼女は、ジャケットを肩に掛けてきている。


 その女性の顔立ちは、非常に端整たんせいであり、揺れる長髪が美しい。しかし、きつい目つきをしており、気の強そうな雰囲気がただよっている。


猫又ねこまた班長!」


 黒薙は、向かってくる女性に対して軽く敬礼けいれいをとる。フェリエッタも、それにならって敬礼のポーズをとる。


「お前、黒薙だよな。お前のとこのバカ班長はどこ行った?」


 猫又と呼ばれたその女性は、黒薙を指差し、そう問いただした。その迫力からは、どこか威圧感いあつかんを感じざるを得ない。


「宇奈月班長であれば、先まで一緒にいたのですが、別の仕事があるということで、どこかに行ってしまわれました。」


 黒薙は、その女性に物怖ものおじせずに答える。


「チッ、逃げられちまったか。悪かったな。」


「いえ。また何かあったのですか?」


「アイツ、今日も会議をサボっていやがったんだ。この前の招集でもトンズラこいた落とし前もあるから、今日こそはきっちり絞めようと思ったんだが。」


 猫又は、拳を握り込み、ポキポキと指を鳴らしながらそう答えた。


「ん? そこにいるお前は?」


 猫又が、黒薙の後ろで震えるフェリエッタに気づき、声をかけた。


「え、あ! わ、私、フェリエッタ・ウィリアムズと言います。」


「あぁ、あの新しくアイツのとこの第三班に配属された奴か。」


「は、はい!」


 フェリエッタが、少し上ずったような声で返事をする。それを聞いた猫又は、どことなく気の毒そうな表情を浮かべた。


「そうか、…いろいろ大変だと思うが、頑張ってくれ。」


「あ、ありがとうございます?」


「黒薙も、宇奈月の居場所が分かったら教えてくれ。」


 猫又は、そう言うと、黒薙達の横を通り過ぎていった。フェリエッタと黒薙は、その後ろ姿を見送る。


「えーと、あの方は誰なんですか?」


「あの人は、私たちと同じサイト17先行せんこう回収かいしゅう部隊の猫又班長です。」


「はんちょう?ということは。」


「はい。宇奈月班長が私たちの第三班の班長なのに対して、猫又班長は第二班の班長です。」


「へー、班長さんにも色々いるんですね。」


「宇奈月班長とは、同期だそうですが、犬猿の仲ということで有名です。」


 猫又の姿が見えなくなり、しばらくして黒薙とフェリエッタが顔を見合わせる。フェリエッタは、猫又が最後に何か不穏ふおんなことを言っていたことを思い出す。


「あのー、さっきネコマタさん、確か“いろいろ大変だと思う”って言ってましたよね…。」


「さぁ、他の班員も待っています。先を急ぎましょう。フェリエッタ。」


 黒薙は、フェリエッタの話をさえぎるようにそう言うと先へと進み始めた。


「ちょっと、クロナギさん!?」


 黒薙に置いていかれそうになったフェリエッタは、急いでその後ろ姿を追いかけるのであった。




「あの、結局けっきょく第三班には、どんな方がいるんです」


「…そんなに、気になるのですか。」


 フェリエッタが、歩きながら黒薙に後ろから話しかけている。フェリエッタの質問に対して、黒薙は少々言いづらそうに答えていた。


「気になりますよ! だって私、皆さんと違って別の世界から来ているんですよ。ちゃんとこっちの方たちと仲良くできるんだろうか、気になるじゃないですか。」


「なるほど、そこに関しては大丈夫だと思いますよ。ここには、フェリエッタのような人も多くいますし。」


「え!? それって…」


 フェリエッタがそこまで言ったとき、黒薙は、同じ扉へと向かっている見覚えのある背中があることに気が付く。黒薙は、その背中の方へと声をかける。


笹平ささひらさん! 復帰されたのですね。」


「おう、黒薙、お前もな。元気そうで何よりだ。」


 黒薙が、扉に向かっている笹平に声をかけると、笹平は後ろを振り返ってそれに返事する。彼の身体には、もう包帯は巻かれておらず、元気そうだ。


「とそこにいるのは…。」


「あ! 私、クロナギさんのバディのフェリエッタ・ウィリアムズと言います。」


 黒薙の後ろにいる自分の存在に気が付いた笹平に対して、フェリエッタが一歩前に出て自己紹介をする。


「オッケイ、フェリエッタね。俺は、黒薙の元バディの笹平ささひら真人まひとだ。初めまして、…ではなかったな」


「はい。あの時は、助けていただいてありがとうございます。」


 フェリエッタは、黒薙に最初に会ったとき、笹平にも助けられていたことについての礼を言う。


「こちらこそ、黒薙のことでいろいろ世話になったらしいな。」


 笹平は、そこまで言うと、黒薙の方にも体を向ける。


「黒薙もありがとな。今回の任務では、お前にもいろいろと迷惑をかけちまった。」


「いえ。この程度で済んだのも、笹平さんから頂いた“アイテム”のおかげです。ありがとうございました。」


 黒薙は、左腕にまかれたギプスをみせながらそう言うと、笹平に軽く頭を下げた。




「笹平さんは、こちらで何をしていたのですか?」


「俺も、さっき復帰したとこでよ。久しぶりに、他の班員に顔をみせようと思ってな。」


「ササヒラさんも、第三班なんですか?」


「あぁ。だから、フェリエッタとも同僚ってことになる。これから、よろしく。」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いしますね。」


 笹平と黒薙たちが、そう会話をしながら進んでいると、目的の扉が見えてきた。扉には、大きく第三班の文字が書かれている。


「ここが、俺たち第三班のミーティングルームってことに一応なってる」


「ここに、皆さんがいらっしゃるんですね。」


「まぁ、そういうことになるな。」


 フェリエッタは、緊張きんちょうからかゴクリと大きく喉を鳴らす。


ピピピッ!


 笹平が扉にあるタッチパネルを押すと、ロックの解除音が鳴り、扉の施錠せじょうが解除される。フェリエッタは、その様子を、こわばった表情で見ていた。


「さぁ、フェリエッタ。これが、俺たちの第三班…。」


ドン!!


 笹平の言葉は、部屋から飛び出した何かによってさえぎられてしまう。


 扉が横にスライドして開くと同時に飛び出した何かは、話している笹平の胴体に直撃し、そのまま彼は後ろへと吹っ飛ばされていく。


「え?」


 事態がみ込めていないフェリエッタが、頓狂とんきょうな声を上げる。


「笹平! おぬし、ぞくすきをみせ、不覚にも倒れたようじゃな。なんと情けなや。」


 開いた扉の前に立ち、倒れる笹平の目の前で仁王立におうだちになり、そう怒鳴りつけていたのは、小さく幼い女の子だった。


 その女の子の姿は、着物にはかまという、なんとも不思議な物であった。着物は白く、赤い袴が美しく映えている。その様相ようそうは、一般的な着物というよりは、平安時代の上流階級でよく見られた狩衣という服に近い。


枸橘からたち! もう戻って来ていたのか!」


「全く、わしがぬ間に修行を怠けておったのか、このうつけめ! どれ、わしが見てやるから、こっちに来い。」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 枸橘と呼ばれた小さな女の子は、笹平の襟首えりくびを掴み、引っ張る。笹平は、多少の抵抗をみせるが、部屋の中へとズルズル引きずられていってしまう。


 部屋の中では、黒いマスクをした茶髪の男性と、スーツ姿の女性が、椅子に腰かけながら、引きずられている笹平を見ていた。


 男の年齢は、十代のなかばといった感じで、まだ幼さが残る。少年と言った方が正しい表現であろう。目は鋭く、ピアスをつけて派手な格好をしているが、その顔にはどこか子供らしさが残っている。


 そばにいる女性の方は、そばにいる男の子より年上のようだ。髪の毛を、頭の後ろの方で小さくまとめている。


「笹平のおっさん、戻って来ていたのか。」


「らしいねー。」


「おい、助けなくていいのか? あれ。」


「そんなことより、黒薙と新入りの女の子も今日来るらしいよ、君。たくさんの可愛い女の子たちに囲まれて、うらやましい奴だなぁ、このー。」


 女性は、バンバンと男の子の背中を叩きながら、話す。


「…イテェし、アンタは女の子って年齢じゃねぇだろ。」


「なんか言った、君ー?」


「だからイテェって! それ、やめろ!」


「おい!! そこのお前ら、いちゃついてないで俺を助けてくれ!!!」


「いちゃついてねぇ!!」「いちゃついてないけど。」


「笹平よ、修行をサボって負ったおぬしが悪いのじゃ。大人しくせい!」


「誰でもいい、俺を助けてくれ!!」


 部屋の中には、怒号どごう悲鳴ひめいが飛び交っていた。その様子を見て、この場に入ったことを、ほんの少し後悔するフェリエッタであった。

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