第20話 再出発。
任務を終えた黒薙は、
黒薙の左腕は、ギブスがはめられ、肩から
「いーちゃん。元気にしてた?」
「宇奈月班長! …お疲れ様です。」
黒薙は、宇奈月が部屋の中に入ってくるのを見ると、ベッドの上から頭を下げ、挨拶をする。
「こりゃ、また派手にやられたじゃない。」
包帯だらけの黒薙を見た宇奈月が、顔をしかめながら、そう言った。
「
「それで、
「はい。大きなケガも、左腕の骨折と肋骨のヒビくらいです。あとは、“アイテム”を使い過ぎた疲労によるものが多かったようです。」
「ふーん、なら良かったよ。」
宇奈月は、そう言いながら、近くにあった椅子へと腰かける。
宇奈月の服装は、よれよれのコートに、
「事後処理、ありがとうございます。」
「別に、いつも通り
宇奈月は、そう言うと大きな
「ねぇ、どうしたの。今日は、いつもの2割増しくらいで
暗い雰囲気で
「…私、いつもそんなに陰鬱なのですか。」
「そんな様子のいーちゃんには、これをあげようじゃない。」
そう言って、宇奈月は、自分のよれよれのコートのポケットに手を入れ、何かを取り出す。宇奈月は、それを、黒薙の太もも辺りにある毛布の上に置く。それは、黒薙にとって、見覚えのあるモノではあった。
「これは!?」
宇奈月が取り出したそれは、黒薙のアイテム“
「僕の、見舞いの
「どうして、これがここに?」
「どうしてって、
「いいえ。私は、そんなことを言っているのではありません。私には、もうこれを使う資格はありません。」
黒薙は、ベッドの上で、膝元にある毛布を握り締めながら答えた。
「黒薙に、資格がないなんて誰が言ったの?」
「しかし、私は! 先の任務で…。」
「君たちは、あの日、『コカトリスを無事に回収してきた』じゃない。」
宇奈月は、黒薙の言葉を
「それも、コカトリスだけじゃない。今回の事件の重要参考人である、森石も確保した。俺たちとしては、これ以上ない成果だと思ってるよ。」
宇奈月の話を聞き、黒薙は目をそらし、下を向く。
「“
あの時、黒薙の叫びと共に発射された水の弾は、コカトリスの身体を
フェリエッタが、撃つ
水の弾は、まっすぐと上に向かって飛んでいき、黒薙達の上空で小さくはじける。 辺りには、水の弾がはじけた際に飛び散った水滴が、ぽつぽつと降り注いでいた。
「…私には、分からないです。どうして、クロナギさんがそんなに嫌がるのか、私には分からない。」
フェリエッタは、後ろ姿のまま、黒薙にそう言ってきた。その時のフェリエッタの声は、いろいろなことを押し殺して、やっと吐いた、そんな声に聞こえた。
その後、黒薙がフェリエッタを回収してもらうために呼んでおいたバックアップ部隊が、二人のもとにやって来た。
彼らは、車の中にフェリエッタがいないことを確認し、近くの林の中を
コカトリスと一緒に、バックアップ部隊に回収されるフェリエッタは、何も言わずに下を向いていた。黒薙の位置からは、その表情を見ることはできなかった。
あの時の彼女は、どんな気持ちだったのだろうか。私は、あの子の気持ちを裏切ってしまったのだろうか。考え出すと、きりがない。
ただ一つ、言えることがあった。
(こんな終わり方、私は嫌だった。)
黒薙は、そう思い、ベッドの上で静かに後悔するのであった。
「無事に回収することが出来たのは、私のバディだったウィリアムズさんのおかげです。事実、私がコカトリスと
「そっか。それじゃ仕方ない。」
「申し訳ありません。」
ベッドの上で、黒薙は、
「でも残念だな。せっかく、新しい仕事仲間が増えたっていうのにね。」
「仕事仲間、ですか?」
宇奈月は、肩をすくめながら、別の話題を話し始めた。黒薙は、
「あぁ。どうやら今回の件を受けて、上層部はニメルス教団への対策を強める方針らしい。」
「ニメルス教団が、
「それで、俺の受け持っている第三班にも、ニメルス教団に関連するアイテム職員が配属されることになった。」
「なるほど。しかし、なぜそれを私に話すのですか。回収部から
「その新人がね。君をバディに希望しているんだよ。」
「え!?」
「どうぞ、もう入っていいんじゃない?」
宇奈月が、外に向かって声をかけると、コン、コンと扉が叩かれて開く。外から入って来たのは、なんとフェリエッタだった。
彼女は、あの時と同じように、淡いワンピースに白いローブを
「こ、こんにちはー。」
「なぜ、あなたがここにいるのですか!?」
「えっと、ウナヅキさんにお願いして、
「どうして!?」
「…私、一人になって考えたんです。」
フェリエッタは、目を
「私は、ずっと、自分がこの世界に呼ばれたのは、何か大事な使命のためなんだと思っていました。この世界にコカトリスが現れたことを聞いたとき、その
黒薙は、フェリエッタの話を、ベッドの上で黙って聞いていた。黒薙は、フェリエッタから目を背けていた。彼女の方を、見ることが出来ずにいたのだ。
フェリエッタもまた、顔を伏せながら話しているため、黒薙を見てはいない。
「私は、自分がコカトリスを退治すること、それが私の使命なんだって、そのことに囚われていたんです。でも私は、この世界のことも、あなたのことも、知りませんでした。」
フェリエッタは、そこまで言うと、ローブの
「今の私は、何をするべきなのか、分かりません。この世界のことも、知りません。だから…。」
フェリエッタは、覚悟を決め、黒薙の方を向く。
「だから、クロナギさん。
黒薙は、フェリエッタのその言葉を聞き、驚いた表情で彼女の方を見た。
黒薙とフェリエッタの目が合う。フェリエッタの強固な眼差しからは、彼女の強い意志を感じる。
「ひどく
「…どうして、私なのですか。」
「私を、この世界に来たばかりの私を、一番に助けてくれたのはクロナギさんです。私は、貴方のことを信じています。」
フェリエッタは、黒薙の目を見ながら、そう言うのであった。
フェリエッタの話を聞き、少しの沈黙があった後、黒薙が口を開く。
「…私は、正直あなたにこんなことをしてほしくはなかった。
黒薙は、一度フェリエッタから目線を外す。だが、
「しかし、それも私のエゴだったのかもしれません。あなたは、覚悟を最初から決めていた。だから、私も覚悟を決めます。」
力強く、黒薙はそう宣言するのであった。
「フェリエッタさん、私からもお願いがあります。どうか、…私のバディになってくれませんでしょうか?」
「はい、もちろんです! クロナギさん!」
フェリエッタは、嬉しそうに黒薙に向かって笑いかける。
「宇奈月班長。回収部を辞めるという私の発言を、取り消してもいいでしょうか。私には、するべきことがありました。」
黒薙は、近くに座っている宇奈月の方を見て、言った。
「ん? いいよ。元から、そのつもりだったし。」
「ありがとうございます。」
「どーも。」
そう軽く答えた宇奈月は、立ち上がり、フェリエッタに向き合う。フェリエッタの前に立った宇奈月は、猫背の姿勢を正す。
「それでは、フェリエッタ・ウィリアムズさん。」
「は、はい!」
「貴方を、今から
「イディオム?」
「“Investigate and Defend the Items Originated from Multiverse(多元的宇宙を起源とする異常実体の調査及び保護)”の略です。それこそが、私たちの唯一の理念、為すべき使命、そして、所属する組織の名になります。これから、どうぞよろしく。」
そう言って、宇奈月は、フェリエッタに手を差し出す。その手を、フェリエッタは、しっかりと握り、握手を交わすのであった。
「それじゃ、後は若い二人で。」
そう言って、宇奈月はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「やっぱり、嵐みたいな人ですね。」
「…そうですね。」
その後ろ姿を見ながら、二人は顔をあわせた。
「そういえば、クロナギさん。さっき私のことを、フェリエッタって言ってくれませんでした?」
「ぐっ。気づいていたのですか。」
痛いところを突かれてしまった黒薙は、思わず顔を赤らめる。
「いや、あの、その。今回の
口ごもりながら、黒薙はそう答える。それを見たフェリエッタは、少し
フェリエッタは、いたずらっ子のような顔を浮かべながら、黒薙に話しかける。
「ふーん。それでは、私のことは、別にフェリエッタだけで呼んでもらって
「な、なるほど。そうかもしれません。」
黒薙は、フェリエッタの言い分に納得して、
「そ、それではよろしくお願い? フェリエッタ。」
「はい、よろしくお願いしますね!」
「フェ、フェリエッタも、敬語を使わなくてもいい、よ。」
黒薙が、明らかに使い慣れていない
「いやー、そうしたいのも山々なんですけどね。なぜかこっちの言葉は、この言葉遣いでしか通じなくて。」
「ま、まさか、翻訳アイテムの不具合!? それってズルくない!?」
「ズルくないですよー。」
「いや、な、なんかズルいって!」
「ハハハ」
静かな部屋の中に、二人の笑い声がこだまするのであった。
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