第20話 再出発。

 任務を終えた黒薙は、配属はいぞく先であるサイト17へと戻ってきていた。彼女は、戦闘の治療ちりょうを終え、医療いりょう用のベッドの上から窓の外を眺めている。


 黒薙の左腕は、ギブスがはめられ、肩からるされていた。また、体中にも包帯が巻かれている。


 突如とつじょ、部屋の扉がノックされ、一人の男が入って来る。


「いーちゃん。元気にしてた?」


「宇奈月班長! …お疲れ様です。」


 黒薙は、宇奈月が部屋の中に入ってくるのを見ると、ベッドの上から頭を下げ、挨拶をする。


「こりゃ、また派手にやられたじゃない。」


 包帯だらけの黒薙を見た宇奈月が、顔をしかめながら、そう言った。


面目めんぼくありません。」


「それで、身体からだは大丈夫なの?」


「はい。大きなケガも、左腕の骨折と肋骨のヒビくらいです。あとは、“アイテム”を使い過ぎた疲労によるものが多かったようです。」


「ふーん、なら良かったよ。」


 宇奈月は、そう言いながら、近くにあった椅子へと腰かける。


 宇奈月の服装は、よれよれのコートに、水虫みずむし対策のサンダルと、いつもと変わらない。彼が、足を踏み出すたびに、ペタペタと音が鳴っている。


「事後処理、ありがとうございます。」


「別に、いつも通り隠蔽いんぺい局に丸投げだから、そんなに感謝されることじゃないよ。今回の件の記録は、人々の記憶も含めて、今頃はもうすっかり消えているんじゃないかな。」


 宇奈月は、そう言うと大きな欠伸あくびをした。そんな宇奈月の様子を見て、黒薙は負い目を感じるのであった。




「ねぇ、どうしたの。今日は、いつもの2割増しくらいで陰鬱いんうつじゃない?」


 暗い雰囲気でうつむいている黒薙を見かねて、宇奈月が声をかける。


「…私、いつもそんなに陰鬱なのですか。」


「そんな様子のいーちゃんには、これをあげようじゃない。」


 そう言って、宇奈月は、自分のよれよれのコートのポケットに手を入れ、何かを取り出す。宇奈月は、それを、黒薙の太もも辺りにある毛布の上に置く。それは、黒薙にとって、見覚えのあるモノではあった。


「これは!?」


 宇奈月が取り出したそれは、黒薙のアイテム“理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”だった。魔法の羽ペンは、森石から取り上げられる前と変わらない状態で、黒薙の前にあった。


「僕の、見舞いのしな代わりだと思ってくれ。もうすでにメンテナンスも終えているから、いつもと変わらず、すぐにでも使えるはずだ。」


「どうして、これがここに?」


「どうしてって、回収部かいしゅうぶの所有アイテムが回収されるなんて、お笑いだよ。バックアップ部隊の人に頼んで、こっそり持ってきてもらったんだから。」


「いいえ。私は、そんなことを言っているのではありません。私には、もうこれを使う資格はありません。」


 黒薙は、ベッドの上で、膝元にある毛布を握り締めながら答えた。


「黒薙に、資格がないなんて誰が言ったの?」


「しかし、私は! 先の任務で…。」


「君たちは、あの日、『コカトリスを無事に回収してきた』じゃない。」


 宇奈月は、黒薙の言葉をさえぎり、そう言い放つ。それを言われた黒薙は、押し黙る。


「それも、コカトリスだけじゃない。今回の事件の重要参考人である、森石も確保した。俺たちとしては、これ以上ない成果だと思ってるよ。」


 宇奈月の話を聞き、黒薙は目をそらし、下を向く。




「“小さき水弾ウォーターバレット”」「やめて!!!」


 あの時、黒薙の叫びと共に発射された水の弾は、コカトリスの身体をつらぬくことはなかった。


 フェリエッタが、撃つ寸前すんぜんに手を上げ、その軌道を真上に変えたのだ。


 水の弾は、まっすぐと上に向かって飛んでいき、黒薙達の上空で小さくはじける。 辺りには、水の弾がはじけた際に飛び散った水滴が、ぽつぽつと降り注いでいた。


「…私には、分からないです。どうして、クロナギさんがそんなに嫌がるのか、私には分からない。」


 フェリエッタは、後ろ姿のまま、黒薙にそう言ってきた。その時のフェリエッタの声は、いろいろなことを押し殺して、やっと吐いた、そんな声に聞こえた。




 その後、黒薙がフェリエッタを回収してもらうために呼んでおいたバックアップ部隊が、二人のもとにやって来た。


 彼らは、車の中にフェリエッタがいないことを確認し、近くの林の中を捜索そうさくし続けていたらしい。そんな時、空に打ち上げられた水の弾を見つけ、黒薙達のもとにけつけたようだ。


 コカトリスと一緒に、バックアップ部隊に回収されるフェリエッタは、何も言わずに下を向いていた。黒薙の位置からは、その表情を見ることはできなかった。


 あの時の彼女は、どんな気持ちだったのだろうか。私は、あの子の気持ちを裏切ってしまったのだろうか。考え出すと、きりがない。


 ただ一つ、言えることがあった。


(こんな終わり方、私は嫌だった。)


 黒薙は、そう思い、ベッドの上で静かに後悔するのであった。




「無事に回収することが出来たのは、私のバディだったウィリアムズさんのおかげです。事実、私がコカトリスと遭遇そうぐうした際には、どうすることもできませんでした。…私には、回収部として働ける自信が、もうありません。」


「そっか。それじゃ仕方ない。」


「申し訳ありません。」


 ベッドの上で、黒薙は、うつむきながら宇奈月に対して謝罪の言葉を言う。そんな黒薙のことを、宇奈月はやさしい目で見ていた。




「でも残念だな。せっかく、新しい仕事仲間が増えたっていうのにね。」


「仕事仲間、ですか?」


 宇奈月は、肩をすくめながら、別の話題を話し始めた。黒薙は、突然とつぜん別の話をし始めた宇奈月の方を、いぶかし気な目をしながら向き直る。 


「あぁ。どうやら今回の件を受けて、上層部はニメルス教団への対策を強める方針らしい。」


「ニメルス教団が、任意にんいの多元的宇宙から、実体を呼び寄せることが出来るアイテムを保持ほじしている可能性が浮上した訳ですから、当然ともいえます。」


「それで、俺の受け持っている第三班にも、ニメルス教団に関連するアイテム職員が配属されることになった。」


「なるほど。しかし、なぜそれを私に話すのですか。回収部から異動いどうになれば、もう私は部外者です。」


「その新人がね。君をバディに希望しているんだよ。」


「え!?」




「どうぞ、もう入っていいんじゃない?」


 宇奈月が、外に向かって声をかけると、コン、コンと扉が叩かれて開く。外から入って来たのは、なんとフェリエッタだった。


 彼女は、あの時と同じように、淡いワンピースに白いローブを羽織はおっていた。だがその首からは、彼女がいつも身に付けていたネックレスの他に、職員用のカードが下がっている。


「こ、こんにちはー。」


「なぜ、あなたがここにいるのですか!?」


「えっと、ウナヅキさんにお願いして、やとってもらったんです。」


「どうして!?」


「…私、一人になって考えたんです。」


 フェリエッタは、目をせて、話し始めた。




「私は、ずっと、自分がこの世界に呼ばれたのは、何か大事な使命のためなんだと思っていました。この世界にコカトリスが現れたことを聞いたとき、その魔物まもの退治たいじして人々を守るのが、私の使命なんだと思いました。でも、それは多分、私のひとりよがりの考えだったんですね。」


 黒薙は、フェリエッタの話を、ベッドの上で黙って聞いていた。黒薙は、フェリエッタから目を背けていた。彼女の方を、見ることが出来ずにいたのだ。


 フェリエッタもまた、顔を伏せながら話しているため、黒薙を見てはいない。


「私は、自分がコカトリスを退治すること、それが私の使命なんだって、そのことに囚われていたんです。でも私は、この世界のことも、あなたのことも、知りませんでした。」


 フェリエッタは、そこまで言うと、ローブのすそを握り締める。


「今の私は、何をするべきなのか、分かりません。この世界のことも、知りません。だから…。」


 フェリエッタは、覚悟を決め、黒薙の方を向く。


「だから、クロナギさん。貴方あなたが、私のバディとして、私のするべきことを決めてください。そして、どうか私にこの世界のことを教えてください。」


 黒薙は、フェリエッタのその言葉を聞き、驚いた表情で彼女の方を見た。


 黒薙とフェリエッタの目が合う。フェリエッタの強固な眼差しからは、彼女の強い意志を感じる。


「ひどく身勝手みがってなお願いだと、分かっています。でも、私には、貴方しかいないんです。お願いします。」


「…どうして、私なのですか。」


「私を、この世界に来たばかりの私を、一番に助けてくれたのはクロナギさんです。私は、貴方のことを信じています。」


 フェリエッタは、黒薙の目を見ながら、そう言うのであった。



 

 フェリエッタの話を聞き、少しの沈黙があった後、黒薙が口を開く。


「…私は、正直あなたにこんなことをしてほしくはなかった。唐突とうとつに、こちらの世界に連れてこられたあなたのことを、私は守りたいと思っていました。巻き込みたくないと思っていたのです。そして、深入りさせないために、必要以上に避けていました。」


 黒薙は、一度フェリエッタから目線を外す。だが、今一度いまいちど決心して、彼女の方を向き直る。


「しかし、それも私のエゴだったのかもしれません。あなたは、覚悟を最初から決めていた。だから、私も覚悟を決めます。」


 力強く、黒薙はそう宣言するのであった。


「フェリエッタさん、私からもお願いがあります。どうか、…私のバディになってくれませんでしょうか?」


「はい、もちろんです! クロナギさん!」


 フェリエッタは、嬉しそうに黒薙に向かって笑いかける。




「宇奈月班長。回収部を辞めるという私の発言を、取り消してもいいでしょうか。私には、するべきことがありました。」


 黒薙は、近くに座っている宇奈月の方を見て、言った。


「ん? いいよ。元から、そのつもりだったし。」


「ありがとうございます。」


「どーも。」


 そう軽く答えた宇奈月は、立ち上がり、フェリエッタに向き合う。フェリエッタの前に立った宇奈月は、猫背の姿勢を正す。


「それでは、フェリエッタ・ウィリアムズさん。」


「は、はい!」


「貴方を、今から回収保護局かいしゅうほごきょく回収部サイト17先行せんこう回収部隊かいしゅうぶたい第三班配属アイテムとして任命します。以後は、黒薙唯月職員とバディを組み、行動を共にしてください。ようこそ、“IDIOM”に、フェティちゃん。」


「イディオム?」


「“Investigate and Defend the Items Originated from Multiverse(多元的宇宙を起源とする異常実体の調査及び保護)”の略です。それこそが、私たちの唯一の理念、為すべき使命、そして、所属する組織の名になります。これから、どうぞよろしく。」


 そう言って、宇奈月は、フェリエッタに手を差し出す。その手を、フェリエッタは、しっかりと握り、握手を交わすのであった。




「それじゃ、後は若い二人で。」


 そう言って、宇奈月はさっさと部屋を出て行ってしまった。


「やっぱり、嵐みたいな人ですね。」


「…そうですね。」


 その後ろ姿を見ながら、二人は顔をあわせた。


「そういえば、クロナギさん。さっき私のことを、フェリエッタって言ってくれませんでした?」


「ぐっ。気づいていたのですか。」


 痛いところを突かれてしまった黒薙は、思わず顔を赤らめる。




「いや、あの、その。今回の発端ほったんは、あなたがこの任務に深入りし過ぎないようにするために、私があなたのことを避けていたことも、原因にあるのではないかと考えまして、正式にバディになった際には、もう少し砕けた付き合いをしようと思いまして。」


 口ごもりながら、黒薙はそう答える。それを見たフェリエッタは、少し加虐心かぎゃくしんをくすぐられるのであった。


 フェリエッタは、いたずらっ子のような顔を浮かべながら、黒薙に話しかける。


「ふーん。それでは、私のことは、別にフェリエッタだけで呼んでもらってかまわないですよ。それに、そんなに改まった喋り方もしない方がいいんでないです?」


「な、なるほど。そうかもしれません。」


 黒薙は、フェリエッタの言い分に納得して、相槌あいづちを打つ。


「そ、それではよろしくお願い? フェリエッタ。」


「はい、よろしくお願いしますね!」


「フェ、フェリエッタも、敬語を使わなくてもいい、よ。」


 黒薙が、明らかに使い慣れていない言葉遣ことばづかいで、フェリエッタに話しかけてくる。それを聞いて、少し笑いが吹き出しそうになったフェリエッタであった。


「いやー、そうしたいのも山々なんですけどね。なぜかこっちの言葉は、この言葉遣いでしか通じなくて。」


「ま、まさか、翻訳アイテムの不具合!? それってズルくない!?」


「ズルくないですよー。」


「いや、な、なんかズルいって!」


「ハハハ」


 静かな部屋の中に、二人の笑い声がこだまするのであった。


蛇の頭と鶏の頭コカトリス編 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る