第19話 どうして…

「クロナギさん、どうして…」


「来ないで下さい!!」


 黒薙にそう怒鳴どなられたことで、フェリエッタは踏み出した足を下げる。




 黒薙は、コカトリスから受けたダメージが目に見えてひどい。彼女は、息を切らせており、姿勢しせいも不安定で、そこに立っているのもやっとの状態であった。


「っ!」


 叫んだ反動で、コカトリスに殴打おうだされた腹部が痛む。黒薙は、思わず足元がふらつき、倒れかける。


「大丈夫ですか!?」


 その様子を見たフェリエッタが、黒薙に駆け寄ろうと近づく。


「“思ひひと ためにきずくは へだたりの 結びし心 離れずとも”!」


 黒薙がそう唱えると、光の壁はさらに強固きょうこに光り輝く。フェリエッタは、その壁にさえぎられて、ふらつく黒薙にそれ以上近づくことが出来なかった。


「私は、来ないで下さいと言いました。」


「クロナギさん、どうしたんですか。まさか、コカトリスに錯乱状態にされたんです? でも、コカトリスにそんな能力があるなんて。」


「いいえ。私は正気です。」


 ひどく狼狽ろうばいしているフェリエッタに対して、黒薙は冷静に答える。


「じゃあ、なぜそいつのことを守るんですか!?」


 フェリエッタが、コカトリスの方を指差しながら言った。


「クロナギさんが、言っていたじゃないですか。そいつは、分かっているだけでも7人も殺しているんですよ。私の世界でも、魔物まものは危害を加える存在です! ヒトの敵なんです!!」


「…それは、分かっています。」


 フェリエッタの話を聞き、黒薙の脳内に、コカトリスにバディを殺された調査部ちょうさぶの男の顔がよぎる。あの男が、殺された自分のバディとの思い出を語る横顔を、その悲しげな声を思い出す。


 しかし、黒薙は、同時にあの男の言葉を思い出していた。


“早く何とかしてやってくれ。”


 そう、私たちには、唯一の理念が、守るべき使命がある。それは、あの男も同じなのだ。私は、それを、彼からたくされた。


「あなたは、分かってないんです! どんなに魔物が恐ろしく、不浄ふじょうけがれた存在なのか、あなたは知っているんですか? 早くそこをどいてください。」


「確かに、私には、あなたの世界の常識も知識もありません。それでも、私は、このコカトリスを守らないといけないのです!」


「なぜなんです!?」


「それが、私たちの理念であり、使命だからです。私は、ここを離れるわけにはいきません!」


黒薙は、痛む体にむちを打ち、立ち上がる。




「先は助けていただいたのに、このようなことになってしまって、すみません。」


 黒薙は、フェリエッタに助けてもらわなければ、森石に殺されていただろう。黒薙は、フェリエッタと対立している今の状況を、申し訳なさそうに言った。


 フェリエッタは、黒薙の謝罪を聞いて、少し黙る。


「…クロナギさんは、私をだましていたんですか? クロナギさんも、コカトリスの力が欲しいから、私のことを利用したんですか?」


「いいえ。それは違います。コカトリスは、私が保護します。でも、それは力のためではありません!」


 疑念の声で問いかけてきたフェリエッタに、黒薙は強く言い返す


「このコカトリスも、あなたと同じようにこちらの世界に来たくて来たわけではありません! …本当なら、こちらの世界になんて来るべきではなかったのです。」


 黒薙がコカトリスの巣穴で見た物、それは楕円だえんの形をした真っ白な”卵”だった。その卵は、落ち葉や枯れ木が丁寧にかぶせてあり、親から子への愛を感じるに十分だった。


 コカトリスにとって、この世界は、非常に厳しい環境だったに違いない。それでも、この世界で生きようとしていた。


 黒薙にとって、巣で見つけた卵は、必死に生きようとしたあかしに見えた。


 …たとえ、生んだ卵が、すでにこの世界の低すぎる温度で死んでいたとしても、コカトリスは、この地で生きようとしていたのである。


「こちらの世界に来た責任は、こちらの世界にあります。私たちには、その責任を果たす義務があるのです!」


 黒薙は、光の壁の向こう側にいるフェリエッタの目を見ながら、そう言った。




「あなたは、どうしてもその魔物を守るんですね。」


 フェリエッタにとって、黒薙の行動は、理解の範疇はんちゅうを超えたものであった。ヒトを殺してしまった魔物は、駆除くじょの対象である。そこにどんな理由があろうとも、殺さなければ、次の犠牲者が出てしまう。


「そいつは、別の人を傷つけるかもしれないんです。それでも、クロナギさんはそいつのことを守るんですか?」


「…はい。それが、私たちのするべきことです。」


「私には、それが正しいことだとは思えない。魔物は、殺すべきなんです。」


 フェリエッタは、そう言うと、黒薙に手のひらを向ける。


「クロナギさん、そこを、どいてください。」


「いいえ。どきません。」


 両者は、光の壁を間にはさみ、にらみ合う。しばしの間、静かな時間が過ぎる。




 二人の沈黙を破ったのは、意外なものであった。


グェェ!


 黒薙の背後で、低いうなり声がなる。驚いた黒薙たちが振り向くと、気絶していたはずのコカトリスが、起き上がろうとしてもがいていた。


 コカトリスのへびは、まだこおっている。雄鶏おんどりだけが、その態勢を立て直そうともがいていた。コカトリスは、雄鶏の頭を、激しく左右に振っていた。


「そんな!? こんなに早く回復するなんて!」


 フェリエッタは、立ち上がろうともがくコカトリスを見て、つい声を上げる。


「うっ!!」


 黒薙は、すぐにコカトリスに向けて戦闘態勢せんとうたいせいをとったが、身体からだ激痛げきつうが走ったことで、思わず膝をついてしまう。


「ハァ、ハァ。」


 黒薙の意識は、朦朧もうろうとしていた。彼女を襲う痛みは、無理に動かし続けたことで、さらに彼女の身体をむしばんでいた。


 黒薙の意識がらぐ。それと連動するように、光の壁もらいだ。


 バランスを崩した黒薙は、その場に倒れてしまう。黒薙が倒れると同時に、コカトリスの周囲を囲っていた光の壁が、消えた。


「クロナギさん!!」


 フェリエッタが、苦しそうに倒れている黒薙の近くにけ寄り、彼女の身体を支える。黒薙の顔には血の気がなく、かなり深刻しんこくそうに見える。


グェェ! グェッ!


 彼女たちのすぐ目の前では、意識の回復したコカトリスが、いまだにもがき続けていた。フェリエッタは、それを見て、黒薙を地面に置いて、静かに立ち上がる


「ウィリアムズ、さん。」


 かろうじて意識を取り戻した黒薙が、コカトリスの方に向かっていくフェリエッタを止めようと、手を伸ばす。


 だが、その手が届くことはない。




 フェリエッタが、コカトリスの前までやって来る。コカトリスは、満足に体を動かすことが出来ず、横たわったままもがいていた。


 フェリエッタの手が、ゆっくりとコカトリスに向けられる。体を動かすことが出来ない黒薙は、その様子を遠くからながめることしか出来なかった。


「“我が創成そうせいしたるは青”」「ウィリアムズさん、ダ、ダメです。」


 フェリエッタが、詠唱えいしょうを始めると、青い魔法陣まほうじんが現れる。


「“我が敵をその身でつらぬけ”」「ウィリアムズさん、やめて、ください。」


 魔法陣の中央に、水滴が集まっていく。


「“小さき水弾ウォーターバレット”」「やめて!!!」


 黒薙の叫びと共に、水のたまが発射される。辺りには、水滴が飛び散った。

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