第18話 反撃開始です

「な、なにをした貴様!」


 森石が、頭をかかえながらフェリエッタに問いかける。


「なにって、隷呪魔法れいじゅまほうを乗っ取っただけですよ。」


 森石の方を振り返ったフェリエッタが、答える。


「乗っ取った!?」


「はい。よく暗号化あんごうかもせずに、自分の思考を感応波かんのうはで垂れ流せますね。少しでも魔法を勉強した人なら、波長をコントロールして細工をすることなど容易よういです。」


「くそったれ! …そいつを、早く締め殺せ!!」


 森石は、コカトリスの方に向けて手を伸ばして、命令する。黒薙を締め付けている蛇の頭に、力が込められた。


「させません!」


 それに対抗するように、フェリエッタが、森石に向けて手を伸ばす。


「ぐぅぅ!」


 森石は、また自分の頭を押さえて、地面に転がった。


 黒薙をしばり付けていた、コカトリスの蛇の拘束が緩む。そのまま、黒薙は、地面に倒れるかのように落ちていった。 


 それを見たフェリエッタが、黒薙のもとにけ寄る。


「大丈夫ですか? クロナギさん」


「は、はい。し、しかし…」


 黒薙は、片膝を立てながらそう答えた。彼女は、コカトリスから受けたダメージが蓄積ちくせきしており、体を起こすのがやっとであった。


「大丈夫です。すぐ終わらせますから。」


 その様子をさっしたフェリエッタは、そう黒薙に言う。




「ぐっ。貴様!!」


「…私にかけていた、隷呪魔法を解除しましたね。まぁ、悪くない手です。」


 フェリエッタが、森石の方を、あらためて向き直る。


「くそ! …こっちに来い、化け物。」


 森石が命令すると、黒薙を締め付けていたコカトリスが跳躍ちょうやくする。そのまま森石の近くへとり立った。


 コカトリスは、黒薙とフェリエッタに対して攻撃態勢こうげきたいせいをとっている。森石も、手に持ったライフルを強く握る。


「今からが、本当の貴様らの最後だ。…いけ、化け物。」


クルッ! シュルルルー!


 森石の命令と共に、コカトリスが不気味な鳴き声を上げる。翼を大きく広げ、フェリエッタを目掛けて飛びかかる。


「“我が創成そうせいしたるは青 その身に宿る間隙かんげきをもって我を守れ 流動する盾フルイドイージス”」


 フェリエッタの詠唱えいしょうと共に、青い魔法陣まほうじんが現れる。魔法陣からは水が出現し、フェリエッタの前に広がる。それは、まるでフェリエッタを守る水の盾のようだった。


ビシャン!!


 コカトリスのするど鉤爪かぎづめは、フェリエッタに届く前に、その水の盾によって阻まれる。衝撃しょうげきによって、水が周囲に飛び散った。


 鉤爪による斬撃ざんげきが防がれたコカトリスは、すぐに振りかぶり、次は蛇の胴体部で攻撃する。


バシャン!! ビシャ!!


 蛇の体当たりと、雄鶏の斬撃が繰り返されるコカトリスの連続攻撃れんぞくこうげきが、フェリエッタをおそう。それを、フェリエッタは、水の盾を華麗かれいに動かすことによって受け流していた。


「“創成したるは青 我が敵をその身で貫け 小さき水弾ウォーターバレット”」


バチン!!


 フェリエッタが、コカトリスの隙を見て、水弾を放つが、その水弾は、頑丈がんじょうなコカトリスの蛇の鱗によってはじかれてしまう。


 フェリエッタとコカトリスの戦いは、一見いっけんすると一進一退の攻防に見える。だが、フェリエッタの方が、次第に押されているように見える。その理由は、明確めいかくであった。


(…後ろに、私がいるからだ。)


 フェリエッタは、後ろにいる黒薙を守るために、その場から動くことができなかった。フェリエッタは、コカトリスの攻撃が、黒薙にまで届かないようにして戦っていたのだ。


「ハハッ! さっきの威勢いせいはどうした、貴様? このままだと、殺されるぞ。」


 コカトリスの後ろから、森石があおる。


「…もっとだ。…もっとやれ、化け物!!」


 森石の命令で、コカトリスはさらに攻撃の手を速める。鉤爪だけではなく、くちばし毒牙どくが、翼も使い、猛烈もうれつな勢いで攻め立てる。


 黒薙は、フェリエッタの後ろで、無力感むりょくかんにさいなまれながら拳を握りしめた。


「ウィリアムズさん、私を置いて逃げて下さい! あなただけなら助かるはずです。」


「私は、もう逃げません! 私は、私のするべきことをします!!」


 フェリエッタは、次々と繰り出されるコカトリスの攻撃を受け止めながら、答えた。




バシャ!!


 コカトリスが、鉤爪で水の盾を大きく切り裂き、ひときわ大きな水しぶきを浴びる。コカトリスの羽毛は濡れ、少し光沢を帯びていた。


「“創成したるは青 瞬に固相こそうとなり熱をだっせ”」


 それを見たフェリエッタが、素早く詠唱をする。彼女の伸ばした手の先に、青色の魔法陣が現れる。


「“冷却の水弾フリジェレイバレット”!」


 フェリエッタの手から、もやをまとった水のたまが発射される。その弾は、コカトリスのの頭に向かって飛んでいく。


 弾は、の頭に着弾すると、瞬時しゅんじに凍り始め、やがて蛇の全身を氷で覆う。


 蛇は、氷におおわれてしまったことで、動きを止める。しかし、雄鶏の頭部は動きを止めてはいない。コカトリスの雄鶏の鉤爪が、フェリエッタをおそってきたのだ。


 水の盾は、一つ前の攻撃でその大半が切り裂かれて、失われていた。もう、フェリエッタを守っているものはない。


「ハハハッ! 死ね!!」


 森石の蛮声ばんせいが聞こえた、その時であった。


 コカトリスは、鉤爪を振り上げた状態で、突然動きを止める。


「は? おい、どうした! 早く殺せ!!」


 森石が命令するが、コカトリスは動かない。


バタァン!!


 そのうち、硬直したコカトリスは、バランスをくずし、地面に倒れてしまう。コカトリスは、地面で、ピクピクと痙攣けいれんしていた。


「どうなっている!? 何が起きている!!」


「体温が急に奪われたことで、ショックを起こしたんですよ。」


 フェリエッタが、コカトリスの様子を見て焦っている森石に向かって、冷静に答える。彼女は、ゆっくりと森石のことをにらみつけた。


「コカトリスは、蛇と鶏の異質同体性多頭いしつどうたいたとう類、つまり変温へんおん動物と恒温こうおん動物のキメラです。その体には、両方の性質が宿っています。」


「なんだと!?」


「自力で体温を安定にできない蛇の頭部が、私の“冷却の水弾フリジェレイバレット”によって急激に熱を奪われたことで、低体温症ていたいおんしょうを起こしてショック状態になったんですよ。」


「馬鹿な! たかが尻尾が凍っただけで、ショックで全身が動けなくなるなんて…。」


「いえ、それは違います。尾は雄鶏おんどりの方です。むしろ、コカトリスの頭部は蛇の方です。」


「へ!?」


 フェリエッタの主張に、森石が間抜けな声を上げる。


「かなり昔のことなんですが、蛇と雄鶏の接合部せつごうぶで、コカトリスを切断する実験が行われたことがあります。その実験では、雄鶏側は数分で絶命したのにかかわらず、蛇側は数時間も生存していたそうです。」


「そ、そんな。」


「それに、かなり水を浴びていましたからね。雄鶏の羽毛がれてしまったことで、うまく体温調節たいおんちょうせつが出来なくなっていたんでしょう。そのことが、さらに症状を加速させたのです。」


 それを聞き、森石はガクッと膝を折り、その場に座り込む。




「あぁ! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがる!!」


 森石が、手に持ったライフル銃を構える。その銃身は、フェリエッタを狙っていた。


バァン!!


 森石が、ライフル銃の引き金を引く。だが、発射された銃弾じゅうだんは、フェリエッタに届く前に、残っている水の盾によって防がれる。


バァン!!


 森石が2発目の銃弾を発射するが、それも水の盾が受け止めてしまう。受け止めた銃弾が、その水の盾の中にぷかぷかと浮かんでいた。


「爆発による圧力差あつりょくさで、物体を射出しゃしゅつする道具ですか。これが魔法具じゃないなんて、この世界はホントすごいです。」


 その浮かんでいる銃弾を観察しながら、フェリエッタがつぶやく。フェリエッタは、自分に向けられる銃身を意に介さず、森石の方へと近づいていった。


「くそッ! くそッ!」


 必死に次の銃弾を装填そうてんしようとボルトを操作するが、銃弾を打ち尽くしてしまったライフル銃が、次の銃弾を補充することはない。


「ま、待ってくれ。俺たちは、私たちの一員として迎え入れてあげたんだ。君は、救われたのだよ。なぜ、そのことが分からない?」


 森石が、迫りくるフェリエッタに対して、意味の分からない弁明べんめいを繰り返していた。フェリエッタは、すでに森石のすぐ目の前まできている。


「君は、この世界に来ることで救われるんだ。俺は、君の敵ではな…。」


「“我が創生したるは青 のものを縛る鎖となれ 水の拘束ウォーターバインド”」


 フェリエッタが唱えると、青い魔法陣から水の鎖が出てきて、森石を縛る。


「貴方は、私に隷呪の魔法をかけ、しかもクロナギさんを傷つけようとしました。」


 フェリエッタは、自分の手を、森石の顔前にかざした。


「…でも、ヒトとしての命は、我らの父たる神ディケムから与えられたものです。あなたがヒトである限り、ピュタゴレア教徒の名において、私は貴方のことをゆるします。」


「“我が生成せいせいしたるは水 自然なる身をもって顕現けんげんせよ 水の球ウォーターボール”」

 フェリエッタの詠唱と共に、淡い青色の魔法陣が現れ、森石の顔が水の球に覆われた。


「グゴッ、ゴボッ。ゴポポポ。」


 森石は、水の球の中で息苦しそうにもがいている。顔に貼りつく水の球をがそうと抵抗して、手をばたつかせていた。彼の口からは、白い泡が次々とれ出ていく。


「少し、眠ってください。」


 森石の体の力が抜け、だらりと手を下したその時、顔をおおう水の球がはじける。森石は、水の球から解放された勢いで、その場にうつぶせに倒れた。




「やっと、コカトリスを退治できます。」


フェリエッタが、離れた場所に倒れているコカトリスに向かって手をかざす。


「“創成したるは青 我が敵をその身で貫け 小さき水弾ウォーターバレット”」


 フェリエッタは、動けずに横たわっているコカトリスにねらいを定め、青い魔法陣から、水でできた弾を発射する。その弾の軌道は、コカトリスの首に向けられており、当たれば確実にコカトリスの命を奪うだろう。


だが、その弾がコカトリスに当たることはなかった。弾は、突如とつじょ現れた光の壁によって、跳ね返されたのだ。


 その光の壁の向こう側に、彼女がいる。その彼女は、痛む左腕を押さえながら、コカトリスの前に立っていた。彼女が、コカトリスを守ったのだ。


「何をしているんですか。」


 フェリエッタには、どうして彼女がそんなことをしているのか理解できない。


「…クロナギさん。」


 困惑こんわくしたフェリエッタの声が、薄暗い森の中に響くのだった。

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