第17話 絶望の蛇

 黒薙が、コカトリスと遭遇そうぐうする少し前のことである。車の中から脱出したフェリエッタは、必死に黒薙の行方をさがしていた。


「クロナギさん、一体どこに行ったのでしょう。」


 そう言って、立ち止まった彼女の耳に、甲高かんだか炸裂音さくれつおんが聞こえる。


バァン!


「!! まさか、クロナギさん?」


 何か嫌な予感がしたフェリエッタは、その音がした方向へと走るのであった。




「さすがの組織のエリートさんも、これは予想できなかったか。」


「ぐっ。」


 腹部ふくぶを抑えながらうずくまる黒薙を、森石はニヤニヤしながら言った。


「くそが、しびれて体が動かねぇ。…おい、このふだがせ。」


 森石が命令すると、コカトリスは器用にそのくちばしを使って、森石にられていた札を、引き剥がす。札は、剥がれると同時に、その光を失った。


「おー、いいね。麻痺まひが無くなった。」


 森石は、自由になった手足を動かしていた。その様子を、黒薙はにくらし気な表情を浮かべながらにらんでいた


「なぜ、コカトリスが、お前なんかの命令を聞く?」


「そこ、気になるよなぁ。いいだろう、この俺が教えてやる。」


 森石は、立ち上がり、落ちていたライフル銃を拾いあげる。


「このでけぇにわとりの化け物は、俺の奴隷だ。」


「奴隷だと!?」


「俺の使った召喚しょうかんの魔法は、ただ呼び寄せるだけでなく、どうやら奴隷どれいにする魔法の刻印こくいんも一緒に刻むらしい。その奴隷の刻印は、呼び出したものに対して、絶対の服従ふくじゅう強要きょうようするのさ。この化け物みたいになぁ。」


よく見ると、コカトリスの蛇の頭辺りに、白い魔法陣まほうじんが浮かんでいる。これが、奴の言う奴隷の刻印であろう。


「この化け物を、お前より先に捕まえることが出来て良かったよ。なぜか、ここから動かなかったから、楽勝だったがな。」


 森石は、邪悪じゃあくな笑みを浮かべながら、黒薙の問いに答える。




 森石がしゃべっている間も、黒薙は羽ペンを強くにぎりしめていた。


「放て! “理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”」


 黒薙は、森石が目を離した隙に、羽ペンを奴に向ける。そのペン先からは、黒いインクの弾丸が、森石へと放たれる。


バチン!


 黒薙の弾丸は、森石に届く前に、蛇の頑丈がんじょううろこによって弾かれてしまった。コカトリスが、森石のことを守ったのだ。


「おっと、危ないな。俺が、貴様の疑問に答えているんだぜ。静かに聞けよ。」


「…卑怯者め。」


 黒薙は、すぐに身体を起こし、森石から距離をとる。


「少し、おいたが過ぎるな。…やれ。」


 森石の命令と共に、コカトリスが翼を広げ、黒薙に飛びかかってきた。大きく鋭い鉤爪かぎづめが、黒薙を狙っている。


まもれ! “理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”」


 黒薙が唱えると、ペン先からインクが流れ出てきた。インクは、空中でまり、黒薙を守る壁となった。


 インクの塊は、コカトリスの鉤爪を受け止める。だが、コカトリスは瞬時しゅんじに体を回転させ、今度は蛇の胴体をぶつけることで、追撃したのだった。


「くっ!」


 その追撃を間一髪かんいっぱつで防いだ黒薙だったが、勢いに押されてしまい、そのまま真横まよこに吹っ飛ばされてしまう。


 体勢を立て直した黒薙に、再びコカトリスの鉤爪が襲う。


ドス!!


 鉤爪は、黒薙の残像を切り裂き、深く地面に突き刺さる。黒薙は、鉤爪を紙一重かみひとえで避け、素早くコカトリスの背後へと回り込む。


「放て!」


 黒薙の持っている羽ペンから、インクの弾丸が発射される。インクの弾丸は、コカトリスの鶏の脚部きゃくぶを狙っていた。ところが、背中側にある蛇の頭部が、その弾丸を弾いてしまう。


 蛇の頭部が、口を開き、鋭利えいり毒牙どくがで襲ってくる。黒薙は、バックステップでその攻撃を避けて、後ろへと下がる。




(なるほど、2つの頭部が、お互いをカバーすることで、広い攻撃範囲こうげきはんいに、死角がない視野を得ているのか。これが、コカトリスの強みか。)


 黒薙は、そのままコカトリスから離れると、冷静に状況を判断する。


(私の“理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”では、圧倒的に手数が足りない。…どうする。)


 コカトリスは、黒薙の方へと向かってきている。まよっている時間は、あまりない。


「拡散しろ!!」


 黒薙が唱え、羽ペンで空に一線を引く。ペン先からは、霧状きりじょうとなった黒いインクがあふれ出る。インクでできた霧は、黒薙の体を包みこみ、さらに広がっていった。


 コカトリスは、黒い霧を切り裂くが、そこに黒薙の姿はなかった。


「何!? 奴はどこだ?」


 コカトリスを操っていた森石は、黒薙の行方を見失っていた。黒薙の姿が見えなくなった森石は、あせっていた。


「探せ! 奴を探すんだ!!」


 森石が、コカトリスに命じる。




(今の私では、コカトリスを止めるのは難しい。それなら!)


 森石が、自分の姿を見失い焦っているのを見た黒薙が、身を隠していた木の陰から、跳びだす。


(操っている森石数馬を、抑える!)


 羽ペンを構え、そのペン先を森石に向ける。


「捕らえろ!! “理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”」


 ペン先からは、黒いインクがくさりとなって、森石へと飛んでいく。


 インクの鎖が飛んだ先は、森石の死角しかくとなっていたはずだった。ところが、森石は、黒薙の位置を知っていたかのように、飛んでくる鎖を見ることなく避ける。


「え!?」


 そのことに動揺どうようした黒薙は、迫りくる一撃に気づかなかった。


ゴォン!


 蛇の胴体による強烈な打撃が直撃したことで、黒薙は地面に勢いよく叩きつけられてしまう。




「ふん、まんまと引っかかったな。…おい、奴をしばれ。」


 森石がそう命じると、コカトリスは、ヘビを黒薙の体に巻き付け、彼女をるし上げた。黒薙の足が、地面から浮かび、持ち上げられる。


 森石は、黒薙がコカトリスによって縛られたのを見てから、彼女に近づいてきた。


「俺の奴隷であるこの化け物が考えていることは、主人である俺に伝わる。知っているか? 蛇の舌にある感覚器官かんかくは、軍用レーダーにも匹敵ひってきするらしいぜ。貴様のいた場所なんぞは、はなからお見通しだったわけだ。」


 コカトリスの半身はんしんである蛇が、舌を出している。どうやら森石は、コカトリスと感覚を共有することで、黒薙の行動を認識にんしきしていたらしい。




「とりあえず、これは取り上げておこう。」


 森石は、黒薙の手に握られていた羽ペンをうばい取り、放り投げた。羽ペンは、黒薙の手を離れて、遠くの地面へと落ちていく。


「貴様は、まだ殺さない。俺には“魔女”が必要だからな」


「“魔女”?」


「俺が呼び出した、もう一人のことだよ。」


「まさか!?」


「そいつにも、この化け物みたいに、奴隷の刻印があるはずだ。それを使えば、彼女も自由に操ることができる。そうすれば、俺は本当の無敵だ。」


 フェリエッタが狙われている、そのことを理解した黒薙は、必死にここから抜け出そうともがく。しかし、コカトリスの拘束こうそくからは逃げられない。逆に、さらに強く締め付けられてしまう。


「んっ!」


「まだ死ぬなよ。貴様が死ぬのは“魔女”の場所を案内してからだ。」


 森石は、黒薙の髪を鷲掴わしづかみ、彼女の顔を無理やり上げながら告げる。




 一方で、黒薙は、森石のその言葉を聞き、安堵していた。


 フェリエッタを、この場に連れてこなくて良かった。彼女なら、病院で待機していた部隊と合流している頃だろう。もうすでに、この町から出ていてもおかしくはない。


「フフッ」


「何が可笑おかしい?」


「森石数馬。お前は、まだあの娘の場所を知らないのか。」


「それがどうした?」


「彼女なら、もうすでにこの町にいない。」


「何!? …ハッタリならよせ。」


「ハッタリなんかじゃない!」


 黒薙の覚悟を決めたような眼差まなざしを見て、森石はそれが咄嗟とっさの嘘ではないことを悟る。その目は、死すらも恐れていなかった。


「それが本当なら、お前はもう本当に用済ようずみだぞ。」


「ぐっ。」


 黒薙を締め付ける力が、さらに強くなる。


 森石は、持っていたライフル銃を黒薙のひたいに押し付け、その引き金に指をかけた。




「クロナギさーん!! どこですか?」


 森石の指に、力が入りかけたときである。誰かが、黒薙を呼ぶ声が聞こえた。


「!?」


 驚いた黒薙が目を開けると、遠くに白い影が見えた。その影は、黒薙を探すフェリエッタだった。


 森石も、そのことに気が付く。


「へぇ、今日の俺は、つくづく運が良いみたいだな。」


「! 逃げて!!!」


 黒薙が、大声でフェリエッタに向かって叫ぶ。コカトリスから受けたきずが、大声を出すとひどく痛む。


「クロナギさん!?」


「もう遅い。俺の刻印の発動圏内はつどうけんないだ。」


 森石の手が、フェリエッタの方に向けられる。


「さぁ、刻印よ。あいつを、俺の奴隷にしろ!」


 森石の手に、白い魔法陣が浮かび上がる。




「これって隷呪魔法!? どうして、私の手に刻印が? ぐっ!」


 遠くの方で、フェリエッタは右手の甲を押さえて、その場にうずくまったのが見える。それを見た黒薙が、激しく抵抗するが、コカトリスから逃れることはできない。


「やめろ!! 森石数馬!!」


「やめないさ。それに、もうすでに終わった。…こっちに来い。」


 森石が手招てまねきをすると、フェリエッタが静かに立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


 やって来た彼女の手の甲には、コカトリスと同じ魔法陣が白く輝いている。


「せっかくのことだ。貴様を殺すのは、こいつにしてもらおう。」


 森石は、一本のナイフを懐から取り出し、それをフェリエッタに手渡す。


「…このナイフで、奴を殺せ。」


 森石が、フェリエッタの耳元でささやくように唱えると、フェリエッタは黙ったままうなずき、ナイフを持って黒薙に近づく。


「これで、本当に貴様の最後だな。」


「いや!! 森石数馬、もうやめて!! …こんなことは、させないで。」


 黒薙は、涙目になりながら、森石にうったえる。


 彼女の訴えもむなしく、フェリエッタの持つナイフが、無情にも黒薙の首元に突き付けられる。彼女の顔は、少し俯いており、その表情は黒薙の角度からは見えなかった。


(私は、また間違ったのだろうか? …ごめんね。)


 黒薙は目を閉じる。彼女のほほに、一筋ひとすじの涙の線が描かれた。


「…ごめんなさい、ウィリアムズ、さん。」


 黒薙ののどに、フェリエッタの持つナイフが振り下ろされる。




 黒薙は、死の瞬間しゅんかんを待っていた。だが、その時は訪れない。


「やっと私の名前、呼んでくれましたね。」


 フェリエッタ・ウィリアムズの声が聞こえる。おどろいた黒薙が、恐る恐る目を開けると、フェリエッタとその後ろでうずくまる森石が見えた。


 黒薙の首に突き付けられたはずのナイフは、フェリエッタの足元に落ちている。


「俺の頭が!! 痛む!」


 森石は、頭を抱え、辺りをのたうち回っていた。




「でも、バディなんですから、呼ぶならファーストネームで呼んでください。」


 フェリエッタは、顔を上げて、黒薙に微笑みかける。


「さぁ、反撃開始ですよ。クロナギさん!!」

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