第16話 決戦

 黒薙が羽を追いかけた先にあったのは、林の中でも少し開けた場所だった。空をおおう木々が途切れ、そこだけ光が良く入ってきている。


「この辺りに、飛んでいったと思ったのだけど。」

 

 辺りを見回した黒薙だったが、羽は見当たらない。しかし、黒薙は、大木たいぼく根元ねもとにある岩場に、人が入れそうなほど一つの巨大な穴があることに気が付いた。


「もしかして、これがコカトリスの巣穴?」


 その穴の周囲の地面は、り返されたように不自然な形で盛り上がっていた。周りには土も、あちらこちらに散らばっている。


 黒薙は、自分のコートから羽ペンを取り出し、それを右手に構えて、ゆっくりとその穴へと近づく。穴の入り口近くには、巨大な鳥の足跡あしあとがあった。ここがコカトリスの巣穴で違いない。


 黒薙は、周りを慎重しんちょうに警戒しながら、その穴の中をのぞく。


 入り口からむ日の光だけでは、中の様子は詳しくは分からない。だが、中はかなり広く、床にはれ木や落ち葉が敷き詰められていることが分かる。


 そこに、コカトリスの姿はなかった


「別の場所にいるのか。」


 張りつめていた緊張きんちょうが解け、巣穴から離れようとした黒薙は、その巣の中央に、白く光るものを見つけた。


美幸みゆきのことは頼んだ”


 それを見た黒薙の脳裏のうりを、今朝あったばかりの調査部ちょうさぶの男の言葉がよぎる。彼女は、その巣の中で白く光るものを見て、強くこぶしにぎりしめるのであった。




 黒薙は、コカトリスの巣穴から少し離れた場所で、飛ばしたはずのコカトリスの羽を見つけた。その羽の横には、引きちぎられたふだが落ちている。


 その羽を拾った黒薙は、何か嫌な予感を感じ、素早すばやくその場から身をひるがえし、はなれる。


バァン!


 甲高かんだか炸裂音さくれつおんと共に、黒薙がいた場所になまりの球が撃ち込まれる。


「さすがだな! これを避けてしまうとは。この俺を、負かせただけのことはある。」


 黒薙が声のする方を見ると、離れた場所に猟銃りょうじゅうを構えた一人の男がいた。そいつは、黒薙のことを見つめ、にやりと微笑む。


森石数馬もりいしかずま!!」


 男は、ニメルス教団幹部きょうだんかんぶの森石だった。森石は、スキーゴーグルのようなものをつけ、黒薙から数十メートル離れた場所の木に、半身はんしんかくし、ライフル銃を構えている。


 森石の姿を確認した黒薙は、羽ペンを構えた状態で、近くにあった大木の陰へと咄嗟とっさに隠れる。


バァン!


 黒薙が先ほどまでいた場所に、銃弾が撃ち込まれた。


「くそっ! 戦闘部隊せんとうぶたい回収部かいしゅうぶは伊達じゃないな。」


 森石は、ボルトを操作し、薬莢やっきょうを排出して次弾じだん装填そうてんする。


「森石数馬! お前たちの目的はなんだ! なぜ、別の世界のものをこの世界に呼んだ!」


「なぜって、それが救済きゅうさいだからさ。分からないのか?」


「救済だと!?」


バァン!


 黒薙の隠れる木に銃弾じゅうだんが当たり、辺りに木の破片はへんが飛び散る。


「あぁ、救済だよ。私たちの一員が増える、喜ばしいことのはずだ。それなのに、貴様らにはなぜそのことが分からない! この異教徒いきょうとどもが!!」


カシャン!


 森石が、ボルトをはじき、たまを装填する音が聞こえる。次の弾が発射されるのも、時間の問題であろう。


 黒薙は、身勝手みがってな森石の言葉を聞き、怒りを燃やしていた。右手に持つ羽ペンを、さらに強く握りしめるのであった。




 森石は、ライフル銃を構える。


 さっきは、感情に任せてしまい、少々弾を乱発らんぱつしすぎた。森石は、次こそは正確に黒薙の身体を打ち抜こうと、ライフル銃を慎重しんちょうに構えて、様子をうかがっていた。


(俺は、本当は優秀ゆうしゅうな人間なんだ。ここで終わっていいわけがない。)


 しばらく待っていると、しびれを切らしたのか、狙っている木の陰から黒い影がのぞき出る。森石は、そのすきを見逃さなかった。


バァン!


 森石の持つライフル銃から、4発目の凶弾きょうだんが発射される。発射された弾は、正確にその影を貫いた。


「やった。」


 森石が、小さく感嘆かんたんの声をらしたその瞬間のことである。森石が貫いた黒い影は、液状の黒いインクとなって、その形がくずれていったのである。


 貫いたはずの黒い影とは、反対方向の木のかげから黒薙が飛び出る。


「放て! “理性の介入なく筆を綴るシュルレアリスム”」


 黒薙の持つ羽ペンのペン先から、インクが弾丸だんがんとなって放たれた。インクの弾丸は、正確に森石の方へと飛んでいき、彼のほほに一線の傷をつける。


「くそっ!」


 森石は、その全身を木に慌てて隠す。


バコンッ!


 2発目のインクの弾が、鈍い着弾音ちゃくだんおんと共に、森石の隠れる木の表皮をえぐった。


「救済だって!? お前のそんな身勝手なエゴのせいで、彼女たちはこの世界に来たなんて、そんな、そんなことが許されていいものか!」


 黒薙の怒声と共に、ペン先からは次々とインクの弾丸が形成され、放たれる。


バカンッ! バコンッ!


 森石の隠れている木は、黒薙が連続で放つインクの弾丸によって、徐々にえぐられていく。あたりには、木の破片が飛び散っていた。


「いや! 私は許さない!」


 黒薙は、森石の隠れる木に向かって歩みを進めながら、攻撃をし続けていた。


バガンッ!


「ヒィッ」


 森石は、それに怯え、木の陰にちぢこまる。しかし、森石は諦めてはいなかった。森石は、木の陰に隠れ、じっとその時を待っている。


(いいぞ。もっと近づけ。俺の本当の力を見せてやる。)


 森石は、ライフル銃のボルトを動かし、次の弾丸を装填するのであった。




 黒薙が、森石の隠れている木から、数メートルのところまで来た時である。み出した彼女の右足に、ワイヤーがからまる。ワイヤーは、黒薙の足を捕らえると、急速に巻き取られていった。


 黒薙は、足に絡まるワイヤーに引っ張られ、その姿勢を崩してしまう。彼女は、うつ伏せに倒れこんだ拍子ひょうしに、持っていた羽ペンを落としてしまう。


「ハハッ、かかったな。」


 森石が、木の陰からあらわれ、うつ伏せに倒れる黒薙にライフル銃の銃身を向ける。


「くっ!」


 追い詰められてしまった黒薙は、コートのポケットに右手を突っ込み、引き抜く。その手に握られていたのは、笹平からもらった2枚目の札だった。


 手に持った札を、森石に向かって投げつける。


「“雨立ちの 崩れて見ゆる いかづちの のがれいくより あはれなるべき”!」


 投げた札が森石の手に貼りつくと同時に、黒薙は唱える。札が光り、森石の全身に黄色い閃光せんこうが走る。


「な、なんだ!? しびれる? からだが動かない!?。」


 森石の全身は、雷に打たれたかのように小刻みに震えていた。立っていられなくなった森石は、ライフル銃を落とし、その場にへたり込んだ。


 黒薙は、森石がライフル銃を落としたことを確認すると、手際てぎわよく自分の足に絡みついた罠を解除し、羽ペンを拾いながら立ち上がる。


「こんなものが、お前の切り札か。森石数馬。」


 黒薙が、外した罠を投げ飛ばす。




 黒薙は、森石に近づくと、ペン先を、痺れて動けない森石の顔に向ける。


「お前には、いろいろと聞きたいことが残っている。組織の本部まで、来てもらう。」


 冷たく言い放った黒薙の言葉を聞き、森石はへたり込みながら、にやりと笑みを浮かべる。


「近づいたな。貴様。」


 突如とつじょ、森石の背後に大きな影が現れる。


「え!?」


ドゴッ!


 現れた影は、強烈きょうれつな横なぎの攻撃を仕掛しかけた。突然の出来事に驚き、それを直接ちょくせつ腹に受けてしまった黒薙は、吹っ飛ばされてしまう。


「うっ。い、一体なにが!?」


 痛む腹を抑えながら、身体からだを起こした黒薙の目の前に、明らかにこちらの世界のものではない存在が立ちはだかる


 それは、半身が雄鶏、もう半身は蛇の異形の姿をしており、その体躯たいくは人の2倍ほどあった。両方の頭部にある光る目は、不気味な光をはっしている。また、その脚に生える大きな鉤爪かぎづめは、鋭い輝きを持ち、どす黒い紫色の液体がしたたり落ちている。液体は、その化け物の足元にある地面を、溶かしていた。


 その鶏と蛇の生物は、りょうの頭部にある目で黒薙のことを見降ろす。


「これが、…コカトリス!」


「そうさ! そして、これが俺の本当の切り札だ。ハハハハッ!」


 コカトリスの前で、森石は高笑たかわらいをするのであった。黒薙は、呆然ぼうぜんとそれを見ることしか出来なかった。

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