第11話 世界の違和感

 昼食を一緒に食べることを、黒薙にことわられてしまったフェリエッタは、自分の病室で看護師が持ってきてくれた食事を、一人で食べた。


 食事を終えたフェリエッタは、黒薙が置いていった地図が目に入る。そこには、コカトリスによるものと思われる被害が記録されていた。


 フェリエッタはそれを見て、とある疑問ぎもんを感じた。その地図を見ながら、頭をひねって考える。


「何か分かったことがあるのですか。」


「ひゃ! ク、クロナギさん!?」


 フェリエッタの顔の横で、気づかないうちに黒薙が地図を一緒にのぞいていた。


「いつの間に、部屋に入って来たんですか?」


「? 扉は一応たたきましたが。」


 黒薙は部屋に入るときにもノックをしていたが、フェリエッタは気づかないうちに、それに生返事で答えていたようだった。


「ご、ごめんなさい。気づきませんでした。」


「それで、何か分かったのですか。」


「あ、いえ。少しおかしいなって思ったことがありまして。」


「おかしなこと、ですか?」


「えっと、意識不明だった人たちは、コカトリスの石化能力のせいでした。…でも、他にもコカトリスの被害にあったかもしれない人たちもいるんですよね。」


「はい。4人が行方不明になっています。それに、毒が付いた刃物でかれて殺された人も、3人います。おそらく、これらもコカトリスの仕業でしょう。」


 フェリエッタは、それを聞き、顔をしかめる。先程さきほどは、少し浮かれていたが、ことはかなり深刻だ。


(私が、もっと早く来ていたら助けられたかもしれないのに。)


 犠牲者たちの無念を思い、そのかたきをとることを、フェリエッタは誓うのであった。




「それで、おかしなこと、とは何ですか?」


「え? あ、ごめんなさい。」


 急にだまったフェリエッタを見かねて、黒薙が問いかける。


「えーと、少し犠牲者が多い気がするんです。確かに、コカトリスは捕食するために人を攫います、でも、1週間ほどで7人も被害にあっているのはあまりにも多いです。」


「つまり、コカトリスが複数体いるということですか。」


「え! いや、それはないと思います。縄張り意識の強いコカトリスが、何匹かいるにしては、一つの地域にだけ被害が集中しすぎている気がしますし。」


「なるほど、分かりました。」


「それと、お腹を切り裂かれて殺された人がいることもおかしいんです。コカトリスのあしには、毒が出る大きな鉤爪かぎづめがあって、それを使ったんだと思います。でも、本来は身を守るためにしか、その鉤爪は使わないんです。獲物をわざわざ切り殺して、しかも死体を放置するなんて聞いたことがありません。」


 フェリエッタは、そう言いながら、首をひねる。




「あ、あと、最後にコカトリスとは関係ないことなのですが、一つ聞いてもいいですか。」


 うつむいて考えていたフェリエッタだったが、気になっていたことを思い出し、近くの椅子に座る黒薙へと向き直る。


「どうかされましたか?」


「この世界には、魔法がないんですよね。」


「はい。」


「もしかして、魔物まものも、亜人族あじんぞくも本来この世界にはいないんですか?」


「その、魔物や亜人族とはどのようなものなのですか。」


「えーと、私たちの世界で、魔物とは、魔力を持った動物です。それに、亜人族は、ワーウルフやエルフとかの、ヒト族と魔物の中間に位置する種族のことなんですけど。」


「なるほど。そのような存在であれば、本来この世界にはいません。」


「そ、そうなんですね。」


 その事実を聞き、フェリエッタはひどく動揺どうようした。


 目の前の黒薙は、自分と同じヒト族と、全く変わらない形をしている。


 彼女の信仰するピュタゴレア教において、魔物や混ざり物もおらず、ヒトの形をした完全な神だけが住む世界、そこを神の国ニメルスと呼ぶ。


「もしかして、ここって、そのー、かみくにだったりします?」


「? 何を言っているのですか。」


「そ、そうですよね。」


 黒薙に、思いっきりいぶかしげな顔をされたフェリエッタは、自分の発言を後悔した。


(そうよね、勇者みたいな人たちがいるなら、もっとすごい感じのスキルとか魔法が使えるはずだもんね。)


 そう思い、フェリエッタは、コカトリスの行動について再び思案しあんするのであった。




「もしよろしければ、今から外に出かけてみますか?」


 しばらくして、フェリエッタの思考が、行き詰ってしまっていることを感じて、黒薙がそう提案する。


「え! いいんですか! 外って、この屋敷の外ですよね。」


「はい、病院の外です。少しであれば、問題ないと思われます。」


 黒薙の提案を聞き、フェリエッタは浮かれているようだった。


「しかし、何度かお伝えしているように、この世界に魔法はありませんし、あなたのことは世間には秘匿ひとくされています。軽はずみな行動はひかえるようにお願いします。」


「は、はい…。」


 浮かれるフェリエッタを見て、黒薙がくぎをさすように伝える。


「でも私、こっちに来てから外を見たことないんです。クロナギさん、早く行きましょうよ。」


 黒薙は、フェリエッタにスーツのすそを引っ張られ、病室の出口へと引きずられていく。


「少し待ってください。あの、その格好で外に出るのですか?」


「へ?」


 フェリエッタの恰好は、薄いワンピースの上に、それほどあついとは思えないローブを羽織っているだけであった。


 その一方で、黒薙は冬用のスーツを着て、小脇こわきにはコートを持っている。


「どうかしましたんですか。」


 黒薙の意図いとしていることが、フェリエッタには伝わらなかった。


「外はかなり寒いです。何か、着込んだ方がいいと思いますが。」


「そんな、もしかしてクロナギさんは寒がりですか? 大丈夫ですよ、私に任してください。」


 フェリエッタは、そう意気揚々いきようようと答えるのであった。フェリエッタの見せた自信満々のあの顔を見て、少ししゃくに触った黒薙であった




「…寒い!」


「だから、言いました。こちらをどうぞ。」


 外に出た黒薙はそう言うと、自分が着ていたコートを、フェリエッタに差し出す。


「あ、ありがとうございます。くしゅん!」


「大丈夫ですか? 早くこの中に入ってください。」


 黒薙は、あらかじめ病院の裏につけていた黒いセダンの助手席のドアを急いで開け、その中にフェリエッタをまねき入れた。


「こ、これは、何なのですか?」


「…これは、私たちの移動手段いどうしゅだんに使われる道具です。いわゆる馬車のようなものです。」


 車の運転席へと回り、乗り込んだ黒薙が、フェリエッタの問いかけに対して答える。


「この部分から、暖かい空気が出るので、少々お待ちください。」


 そう言うと、黒薙は車のエンジンを回し、暖房を入れる。エンジンが熱せられ、次第しだいに暖かい空気が車の中に広がっていった。


「はー、あったかくていいです。これも魔法ではないんですよね。クロナギさんの世界は、ホントにすごいです。」


 フェリエッタは、ぶるぶると震えながら、車内に搭載されているエアコンから流れ出る空気でだんをとっていた。


「夏なのに、こんなに寒いなんて。」


「いえ。この世界の今の季節は、冬になりかけぐらいです。」


「え! …クロナギさん、それを早く言ってください。」


 フェリエッタは、少しねたような顔をして、黒薙を見つめる。


「あーあ、あの屋敷の中は寒くなかったので、すっかり勘違いしてました。」


「確かに、病院内は暖房がかけてありました。どちらかと言えばあたたかったです。特に心構こころがまえもなく、この寒さだと驚きますね。」


「あ! それですよ!」


 フェリエッタは、身体を助手席から乗り出して、運転席に座る黒薙に顔を近づける。


「コカトリスも、こちらに来てかなり驚いたはずです。それで、急いで冬眠の準備をしているんですよ!」


「冬眠、ですか。」


「そうです! コカトリスは、気温の低下している冬季とうきは、岩穴なんかに巣を作って、そこにエサをめて越冬します。多分、そのせいで失踪した人が4人もいるんです!」


「なるほど、石化した人間を巣に貯めているのですね。どのあたりに巣があるとかも、分かりますか?」


「コカトリスの巣は、平地へいちから低山帯ていざんたいにかけた林によくあると言われています!」


「被害の多かった地域も、山沿やまぞいです。その付近に、巣があるのかもしれません。」


「そのあたりに今からいけません?」


「…分かりました。今から車をだすので、少し待っていてください。」


 黒薙はそう言うと、助手席に座っているフェリエッタの体に、シートベルトを着ける。


「あ、あの。このベルトのようなものは、いったい何なのですか。」


「…免許は取ったばかりなので、揺れたらすみません。」


 そう答えると、黒薙は車のアクセルを踏んだ。

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