第10話 昼休憩

 自分の病室へと、先に戻ったフェリエッタは、ベッドに腰掛こしかけていた。


彼女は、あましている足をぶらぶらとゆすりながら、黒薙の帰りを待っている。


コン、コン


 扉が叩かれ、黒薙が部屋の中に入ってきた。


「すみません、お待たせしました。」


「どうでしたか?」


「回復したあの男性の話によると、彼は意識を失う前に大きな鳥のような化け物に襲われていたそうです。その後のことは、記憶がないそうです。」


「鳥の化け物。やっぱりコカトリスの仕業しわざで間違いないですね。」


「そのようですね。申し訳ありませんが、もう少しご協力をお願いしてもいいでしょうか。」


「もちろんです。この世界で、コカトリスをどうにか出来るのは、私だけなんですから!」


 自信にちた表情でフェリエッタは答えた。


「ありがとうございます。」


 黒薙が、冷静に感謝かんしゃの言葉をべる。フェリエッタは、それを、足をゆすりながら、ニコニコして聞いていた。




 フェリエッタは、黒薙の感謝の言葉を、頭の中で反芻はんすうしていた。ボーとしているフェリエッタに、黒薙が話しかける。


「魔法は、まだ使えるのでしょうか?」


「え?」


「先程の石化を解除する魔法を、他の患者に使うことはできるのでしょうか?」


「あ、はい! えーと、それが、難しいんです。」


 フェリエッタは、申し訳なさそうに答えると、言葉を選びながら黒薙に説明する。


「えー、私の解呪かいじゅの魔法は、簡単に言うと石化魔法で生み出された物質の分解を促進そくしんする魔法です。なので、かなり時間がかかってしまいます。」


「なるほど、分かりました。しかし、先程の男性に魔法を使った際には、それほど時間がかかっているようには見えませんでしたが。」


「あの時は一人だけだったので何とかなりました。でも、他の全員に解呪の魔法をつかうには、私の魔力が足りなくてできないんです。…すみません。」


「いえ。お気になさらないでください。」


「で、でも、それ以外の方法も知っているので安心してください。例えば、コカトリスは、石化してとらえた獲物を捕食するために、その唾液腺だえきせんから分解液ぶんかいえき分泌ぶんぴつしています。それを使えば、残りの人たちも、石化を解呪できるはずです。」


「了解しました。ご協力ありがとうございます。」


 黒薙のその言葉を聞いて、フェリエッタは、再び口角こうかくゆるめてしまう。元の世界で働いていたときには、感謝の言葉を言われたことすらない。お礼の言葉がこんなにうれしいものだと、フェリエッタは長らく忘れていた。


「私、クロナギさんの“バディ”っていうのなんですよね。これぐらいお手伝いして当然です!」


「ありがとうございます。」


「早く、コカトリスの居場所を見つけて、次の犠牲者が出ないようにしないとですね!」


 フェリエッタは、黒薙に笑いかけながら言った。




「ク、クロナギさん、少しいいですか。」


 きびすを返して病室から出ようとする黒薙を、フェリエッタが呼び止める。扉の前まで来ていた黒薙が、フェリエッタの方へと振り向く。


「どうかしましたか。」


「あ、あの。今朝の看護師?の方が、今からお昼ごはんを持ってきてくれるみたいなので…。」


 フェリエッタは、少しモジモジとしていたが、勇気を振り絞り、次の言葉を言う。


「も、もしよかったら、私と一緒に、お、お昼とか食べませんか。」


 顔を上げ、まっすぐとこちらを向くフェリエッタを見て、黒薙は少し躊躇ちゅうちょする。


「…すみません。今から別の用事があるので、私は失礼します。」


 黒薙はそう言うと、扉を開き、逃げるように病室を後にした。




 黒薙は、病院に併設へいせつしてあるコンビニで、昼食を購入すると、フェリエッタの病室のすぐ近くにある待機室に入っていった。


 その中で、コンビニで買ったばかりのおにぎりを一人でほおばっていた。


(…やはり、白桃はくとう果肉入りおにぎりはハズレだったな。)


 そう思い、口直くちなおしに別のおにぎりに手を伸ばした黒薙の前に、一人の全身を武装した男が立つ。


「黒薙唯月さんですね。お疲れ様です。」


「あなたは…。」


 黒薙に話しかけてきたその男は、先程までフェリエッタの病室の護衛をしていた組織の青年であった。


 ニメルス教団幹部の森石数馬もりいしかずまは、逃亡したまま以前行方は不明である。


 フェリエッタを“アイテム”を使用してまで、なぜこの世界に呼び寄せたのかは、いまだにはっきりとしていない。そのため、黒薙とのバディが組まれた後も、彼らによる病室の護衛は継続けいぞくしてあった。


「護衛、ありがとうございます。どうかしましたか?」


「なに、今からお昼だよ。」


 そう言いながら、ヘルメットを脱ぎながら青年は黒薙の向かい側の席に座る。


「黒薙さんこそ、お昼?」


「そうです。」


「せっかくだったら、護衛対象のあの娘と一緒に食べてあげたら良かったのに。黒薙さんが出ていった後のあの子、すごく寂しそうな顔してたよ。」


「…分かりきった嘘です。あなたたちのいた扉の前からは、部屋の中は見られません。」


「ありゃ、バレてたか。」


 そう言うと、青年は、軽く頭を叩くような動作をする。


「でも、彼女の食事を持ってきた看護師の口ぶりから、まぁ、なんとなくさっせれるけどね。」


 青年はクッキー状のレーションを取り出し、それを食べ始めた。




「しかし、黒薙さんはストイックだね。何度か一緒に仕事をさせてもらう機会もあったけど、いつも今回みたいに一線いっせんを引いて接してるよね。」


 しばらく無言むごんの時間が続いていたが、青年が黒薙に話しかけてきた。


「そんなに偉いものではありません。ただ私は…。」


 そこまで言いかけた黒薙は、口をつぐむ。


 黒薙は、彼女たちのことを見ていると5年前の“事件”を思い出してしまう、とは言えなかった。しかし、その様子を見て、青年は何かを察したようだった。


「…まぁ、こんな組織にいるくらいなんだし、黒薙さんにもいろいろあるよね。」


 バックアップ部隊の青年は、そう言うと、食べ終えたレーションの梱包こんぽうをポケットに突っ込み、席から立ち上がった。


「ちょっと早いけど、俺は出るよ。」




 青年は、出口に向かいながら、黒薙に話しかける。


「もしよかったら、ちょっとあの娘と外に出かけてみたらどう? きっと喜ぶよ。俺たちも、周囲を警戒けいかいしとくからさ。」


 青年が出ていった後、黒薙は、また一人残されるのであった。

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