第9話 魔法無き世界
「うわー! ここすごいですね!!」
フェリエッタと黒薙は、二人で病院の
「あまり
二人は、コカトリスの
「天井で光っているのは何ですか?」
「…あれは蛍光灯というものです。」
「あそこの扉は勝手に開いたり閉じたりしてますけど、どんな魔法なんです?」
「…あれは、自動ドアというものです。」
「あ! 向こうから包帯を巻いたゾンビがやってきますよ!」
「…あの人はまだ生きています。」
ふらふらと目的地への経路を外れて、
「あの、病室を出る前に言いましたが、あなたのように別世界から来た人のことは、この世界では
「す、すみません。」
そう言われたフェリエッタは、
専用病棟への入り口は、バリケードのようなもので
「中では、このマスクを着用してください」
黒薙は、フェリエッタに
黒薙は一つの扉の前で足を止め、その扉を開ける。
中は、奥へと続くように大部屋が広がり、そこに
ベッドの上には患者がいた。その様子は、医学の知識がなくても異常だと一目で分かるものばかりだった。
患者は、どれも眼球を
どの患者の身体も、ピクリとも動いていない。何も言われていなければ、マネキンがベッドの上で、
患者たちの周りでは、感染防止の防護服を着た医師たちがせわしなく動いていた。みな、この異常な状態を何とかしようとしているのだ。
「まさか、これが全部コカトリスの
「はい。おそらくそうです。」
「…こんなに。」
驚くフェリエッタをよそに、黒薙は、中に入り、一人の男性医師に近づく。
「お
声を細めて男性医師に話しかけると、彼は手を止め、黒薙の方に振り返った。
「君があの黒薙君か。ということは、そこにいるのが組織に保護されたという女の子か。」
「は、はい。フェリエッタといいます。」
男性医師は、特に表情を変えることなく言葉を続ける。
「ここは、少し
そういうと、男性医師は近くにいた看護師に何か指示を出した後、大部屋から出た。
黒薙とフェリエッタは、男性医師についていき、別の病室に入った。その病室は、大部屋に比べて小さく、中央に
「これが、8日前に発見された最初の患者だ。」
男性医師は、そういうとカーテンを剥ぐ。
そこには、一人の男性がいた。男性は、大部屋で見た患者たちのように、
「彼は、この
男性医師は、かすかに脈打っている心電図を
「今はあのバイタル情報だけが、彼がかろうじて生きていることを伝えている。」
黒薙は、男性が寝ているベッドに近づき、顔を
近距離で覗き込んでいるのにかかわらず、彼は何も反応しない。
「あなたは、どう思いますか。」
黒薙は、フェリエッタの方を向き、彼女に話しかける。
彼の様子は、コカトリスの石化攻撃を受けたときの症状と似ている。そう考えたフェリエッタは、
「私に
そう言うと、フェリエッタは、固まって動かない男性が眠るベッドへと近づく。
固まっている男性の上で、フェリエッタは両手を広げて
「“我が
フェリエッタが詠唱すると、彼女を中心に周囲には大きな白い魔法陣が展開された。
「これは!?」
フェリエッタの後ろで、黒薙が叫ぶ。
次第に、固まっていた男性の体から、何やら
その様子を、黒薙と男性医師は
しばらくの間、その状態が続いたが、石化が解けたことを確信したフェリエッタは、魔法を発動するのを止めた。彼女の周りに展開されていた魔法陣が、次第に小さくなっていく。
「うわぁぁぁぁぁ! …ってアレ? どこ?」
先ほどまで
その様子を見た男性医師は、石化から回復したその人のもとへと駆け寄っていく。
「あれは、一体何なのですか。」
後ろに下がって、
「え? ただの
フェリエッタは、きょとんとした様子で答えた。解呪の魔法は、一般的な魔法使いであれば、必須と言ってもいいスキルであった。
「でも、ちょっと運が良かったですね。本当なら…。」
「あなたは、魔法を使えるのですね。」
「は、はい。」
黒薙の
「…分かりました。この世界では、魔法は存在しておらず、使える人間もいません。以後、
その言葉を聞いたフェリエッタは驚く。
「え! あそこの天井の蛍光灯?なんかはどうしているんです?」
「あれらも魔法ではありません。」
「まさか! それじゃ、どうやって動いているんです?」
「全て科学によって、動いています。」
「え!!」
フェリエッタの世界では、魔法を使って何かをすることは、決して珍しいことではなかった。彼女にとって、今まで見てきたこの世界の道具には、魔法を使って動いているとしか思えないものばかりであったのだ。
この世界の道具は、全て魔法を介さない科学によって動いている。それを聞いても、フェリエッタには、
「で、でも、私を
「…そうでした。すみません、あらかじめ説明をするべきでした。」
そう言うと黒薙は、スーツの上に着ているコートから、革製のポーチを取り出し、中に入っている羽ペンを取り出す。
その羽ペンは、白い鳥の羽の先に、万年筆のような金色のペン先が付いており、羽の周りには美しい
「この世界に魔法は存在していません。もちろん、この世界の人で使える人もいません。しかし、この世界には、ときどき別の世界から、特殊な道具がもたらされることがあります。」
「私みたいに、ですか?」
「大まかにはそうですね。私たちは、これらの存在を“アイテム”と呼び、これを使用することで、特殊な力を扱います。」
「え!」
「私の能力は、この羽ペンを使うことによって、ペン先から出るインクを自在に操ることができることができるというものです。なので、私が魔法を使えるわけではありません。」
「それでは、私があの時に見たのは、その
「はい。」
「そ、そんな…。」
信じられないといった様子で、フェリエッタは答える。
思い返してみれば、フェリエッタを襲ってきた黒いフードの男も、アリスティア
フェリエッタの世界でも、魔法を自在にコントロールすることができずに、魔法具使うことで魔法の
しかし、それでも魔法そのものが存在しないことは、ひどく信じられない事である。
説明を終えた黒薙は、後ろにいる男性医師に呼ばれる。彼女は、
「魔法がないなんて。…やっぱり、コカトリスはわたしが何とかしないといけないんですね、女神トリア様。」
黒薙の背中を見ながら、フェリエッタは小さく呟いた。
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