第6話 現代へようこそ

 フェリエッタが目覚めると、そこは見慣れない真っ白の天井があった。自分は気を失ってしまい、今はどこかのベッドの上で寝ているらしい。


(…あれ? これって前にもやったヤツだ。)


 フェリエッタはうまく回らない頭で、自分の身に起きたことを必死ひっしに整理しようとしていた。


(確か領主りょうしゅ様に書類を見せに行ったら怒られて、そしたら魔法陣でどこかに飛ばされて、そしたら変な連中に襲われて、そしたら黒い髪の少女に助けてもらって、そしたら今度はベッドにしばられて、ってやっぱりどういうこと!?)


 今から考えても、何が起きたのかさっぱり分からなかい。


 フェリエッタは、あたりを見回す。自分を縛りあげたあの老人は、近くにはいなかった。その代わり、一人の少女がベッドのすぐ横にある椅子に座り、ウトウトしながら少し頭を垂れているのが見えた。


 眠そうな目の少女と、目が合う。この短い期間の中で3回も気絶きぜつを経験したフェリエッタは、そこに人がいるという事実だけで、また意識を飛ばしかけた。




「え?」


 困惑こんわくする少女の声が聞こえた。


「おい! 起きてくれ!」


 フェリエッタは、肩を軽くゆすられたことで、その意識をかろうじて取り戻した。


「は、はい!?」


 思わず、声に出して返事をしてしまった。目の前の少女は、よく見ると、おそわれているところを救ってくれた黒髪の少女だった。少女の年齢は、フェリエッタとさほど変わらないように見える。


 寝ている間に、自分の口につけられていた猿ぐつわは外されたようだ。よく見ると、手足の拘束こうそくも解かれており、自由に動かすことができる。




 フェリエッタは、上半身をベッドから起こした。今日だけで、いろいろなことがあった。何から聞けばいいのか分からず、困惑こんわくした表情で黒髪の少女を見る。


 それを見た彼女は、椅子に座りなおし、気を取り直した様子で話し始めた。


「私の名前は、クロナギ・イツキといいます。私はあなたの味方です。先ほどは、あなたを拘束してしまい、申し訳ございません。あなたを守るためとはいえ、手荒てあらなことをしてしまいました。もう、あなたに危害きがいを加える行為はしないので安心してください。」


 そう言うと、彼女は目の前で両手を上げ、その手に何も持っていないことを示す。


「あなたの身に起きたことを説明せつめいさせていただきます。まず、ここはニホンと呼ばれる国ですが、その言葉に聞き覚えはありますか?」


 ニホン、その単語たんごにフェリエッタは聞き覚えがなかった。フェリエッタは、黙ったまま首を横に振る。


「分かりました。いいですか、落ち着いて聞いてください。ここはあなたの暮らしていた世界とは別の世界になります。あなたは、別の世界からこちら側の世界に来てしまったのです。」


「別の世界?」


「そうです。ここは、あなたがもといた世界とは、あらゆる文化や法則、おそらく自然摂理しぜんせつりさえも異なった世界です。」


 クロナギ・イツキと名乗った少女の話は、ひどく突拍子とっぴょうしの無いような話に聞こえた。


 フェリエッタは、この自分の想像をはるかにえた話を、すぐには飲み込むことができなかった。混乱こんらんする頭を抱えながら、フェリエッタは必死に話をまとめていた。


「え、えーと、それってつまり、私は別の世界からやって来て、それはあなたにとっての別の世界で、ここは別の世界ってこと?」


少し間が続いた後、クロナギが口を開いた。


「まぁ、おそらく、その認識にんしきで間違いないと思われます。」


「あなたは、いったい何者なんですか?」


「私は、あなたのように別の世界から来たものたちを、助ける組織に所属しています。」




 フェリエッタにも、徐々じょじょにこの現状が理解できはじめていた。確かに、彼女の服装や今いる建物は、これまで見たことないものばかりである。


 ここは、自分が元居たセカイではないセカイ。エルサム王国ではないニホンという別の国。キャベンディッシュ家のお屋敷やしきでもない場所。


「本当に、私が居た世界とは別の世界なんですね。」


「はい。」


「私は、私がいた元の世界には、帰れるんですか?」


「…今のところ、元の世界に帰る手段は見つかっていません。」


 フェリエッタはそれを聞いて、なぜかホッと安心していた。もう、あの場所に戻らなくてもいいのだ。


「しかし、私たちは、あなたを無事に保護ほごし、元の世界に戻るまで、この世界での生活を助けることを約束します。」


「…ありがとうございます。」


 呟くようにそう言って、安心したような顔でうつむくフェリエッタを、クロナギはじっと表情を変えることなく見つめていた。




「どうして、私はこの世界に呼ばれたんですか?」


「それは、まだ分かりません。」


「私をおそってきたあの方たちは、いったい誰なんですか?」


「それも、今調査中です。彼らは、あの場所で何かしらの儀式を行っていました。おそらくあなたがこの世界にやってくることになった出来事できごとに関係していると、私たちは考えています。」


「えっと、ここはどこなんですか?」


「ここは、私たちの医療施設いりょうしせつです。ここで、あなたの体調に何か異変がないか調べていました。」


 クロナギは、フェリエッタが次々と問いかけてくる疑問に、淡々たんたんと返答していった。フェリエッタの質問攻めは、それからしばらく続いた。




「そろそろ、お時間なので私は失礼します。何かあれば、そこのボタンを押してください。」


 フェリエッタの疑問がきてきた頃、クロナギはそう言って部屋の外に出ていった。彼女は明日の朝、またこの部屋を訪れてくれるようだ。


 この部屋には、窓がなかった。そのため、外の様子を知ることはできない。だがクロナギの様子を見るに、外はかなり日がしずんでいるようだった。眠くはないが、そろそろ寝るべきなのだろう。




 一人残されてしまったフェリエッタは、改めて周りを見回す。正方形の部屋は、白い壁と床で覆われており、清潔せいけつな印象を受ける。ベッドも自分のベッドに比べて柔らかく、フェリエッタは感動すら覚えかけていた。クロナギはここを医療施設いりょうしせつと言っていた。


(木でできた壁も天井もない。それに、こんなににおいのしないところが病院だなんて、信じられないなぁ。)


 フェリエッタは、改めてここが理すら異なる別の世界であることを痛感つうかんしていた。


 目を閉じて、自分がこの世界に来た時のことを思い出す。あの時の状況を考えるに、信じられない出来事ではあるが、自分は勇者召喚ゆうしゃしょうかんの魔法によってこの世界に来たと考えるのが妥当であろう。


 フェリエッタは、不思議なことに、その事実に少し高揚感こうようかんを覚えていた。自分が、この世界に来たのは、何か理由があるのかもしれない。


(女神トリア様。私は、この世界の救いとして召喚しょうかんされたのですか? 私は、この世界で何をするべきなのですか?)


 フェリエッタは、天に向かって祈り、質問を投げるが、その問いに答える者はいない。その答えは、自分で見つけるしかない。


 フェリエッタの意識いしきは、いつの間にか眠りに落ちていた。

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