最終章⑦ ラブコメの結末を決める

「美空」


 改めて居住まいを正す。


「池袋の水族館で、なんで私をラブコメのメインヒロインにするのって聞いたよな」


 結末以外のすべての章を書き終え、それを読んで美空がラブコメヒロインを受け入れてくれたいまこの瞬間が、適切なタイミングだった。

 ――この物語の決着をつけることの。


「ありのままの気持ちを言うよ」


 ――すなわち、俺と美空の関係の決着をつけることの。


「好きだから。美空のこと」


 感情を剥き出しにした。

 美空がまぶたを倍ほど開く。


「俺はさ、ずっとこう考えてたんだ。創作と恋愛は両立できないって。特に創作で絶対に結果を出さなきゃいけないって追い込まれてる俺の場合は、創作で結果を出してからじゃないと恋愛に移っちゃいけないだろうって」


 いまでもその思いに嘘はない。


「丹羽田はさ、言うんだよ。とりあえず付き合えってみればいいじゃん、創作と恋愛を両立すればいいじゃん、って。実際高校生の恋愛なんてそれくらい気軽な感じが大半だし間違ってないんだろうな。でも、俺は躊躇った。順序があるだろって。創作で結果出してからだろうって」


 でも、その思いだけが恋愛に踏み込めない理由じゃない。


「結局のところ、自信がなかったんだ。付き合うこともプロ目指すことも両立してみせるっていう自信が」


 俺は頭を下げた。


「ごめんな、自信のない俺で」


 美空が顔を横に振る。謝る必要はないとばかりに。


「ごめんな、告ってくれたとき、結果出すから一年待っててくれって言えなくて」


 もう一度顔に振って否定する。


「ごめんな、ずっと結果を出せないカッコ悪い俺で」


 ぶんぶんっと髪を振り乱すほど否定する。


「だから結果を出すよ、今度こそ」


 ――今回も結果が出なかったら。


 ふと、どこからか否定の声が聞こえた。


 俺の声だった。

 自信のない俺が、決意を固めた俺に問いかけていた。


「絶対に結果を出す」


 美空に、自分自身に、確固として告げる。


 ――けど、失敗したら就職だぞ。


「仮に失敗して就職したって、一生書けなくなるわけじゃない。ソッコーで親父に六〇〇万返してまた書くさ。また挑戦する」


 ――それでも、汗水掻いて挑戦したって報われるとは限らない。


「それでも汗を掻くしかないんだ。俺は才能があるわけじゃないから。だからもっとも汗を掻く書き方で、汗塗れになりながら書き進んでいく。だれも通りたがらない険しい道を、ラクじゃない道を」


 ――だがそれでも、またふりだしに戻されるかもしれないぞ。


「何度ふりだしに戻されたってやるよ」


 ――頭捻って企画考えて、徹夜してプロット作って、心動かして丁寧に文章打っても、全部意味のないことにされて、無駄な時間だったと徒労感を味わうだけだぞ。


「何度だって挑戦する。結果が出るまで書き続ける。書いて、書いて、書いて、諦めず書きまくるさ」


 ――なぜ。


「好きだから。書きたいって思える好きがあるから」


 その感情は、美空との時間で培われた。

 だから。


「美空、付き合ってくれないか」


 一年前に自信がなくて伝えられなかった言葉を、告げた。


「私、私……」


 ほろっ、と美空が大粒の涙をこぼす。


「あれ、あれ……違う、これ、違うの……。悲しいわけ、じゃなくて……」


 美空自身戸惑っている。


「逆、逆で……悲しいのとは逆なのに……」


 これまでずっと堪えていた感情が涙となってこぼれる。


「美空の返事を聞かせてほしい」

「返事……返事……」


 いまもまだほろほろと落涙して、のどが震えて言葉がつっかえていた。


「びっくりして……声、震えちゃって……」


 胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。


「返事、返事は……」


 ごしごしと袖でまぶたを拭い、しゃくりを止める。


「わかった。わかったよ……。だったら、君がそうするなら、私の返事は――」


 美空が顔を上げた。

 瞳は充血しながらも逡巡はなかった。

 ブレていた視線は徐々に俺に定まっていった。

 そして――。


「――道成さん」


 そして、あのツンと澄ました声で俺をそう呼んだ。

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