最終章③ 執筆五日目
執筆五日目
暑い。連日猛暑日が続いている。
いま昼時なんてまさに灼熱地獄だ。部屋の中にじめっとした熱気がこもって肌にまとりわりつき、汗腺から汗が噴出して不快指数がどんどん上昇していく。
ぐいっとタオルを額に巻いて気合いを入れ、タイピングを再開する。
「美空……美空……《ラブコメタイム》後の美空の気持ちは……」
美空に心を重ねるように書き、いや違うだろと消し、じゃあこうだったのかと書き直す。
書いて、消して、書き直し。
書いて、消して、書き直し。
その繰り返しだ。
服装、表情、仕草、態度、台詞、声のトーン、俺が見て聞いて感じたことで文章化して彼女の心を推し量っていく。
それはまるで美空とのラブコメ制作を追体験しているような感覚。
「扇風機……」
ふと、視線を横に向けた。
そこには首振り機能が壊れたおんぼろ扇風機がカタカタと古めかしい音を立ててファンを回している。
「扇風機……パンチラ……」
懐かしい響きを呟いて、ははっ、とつい笑みがこぼれる。
パンチラ描写を書くための《ラブコメタイム》。あったな、そんな日も。
あのときはびっくりしたな。美空がハーフパンツ履いてるから大丈夫だと言っていたのに、実際には履いてなくて下着がモロ見えだった。
なんで履いてなかったのか謎に思って、その後も美空自身履いてなかったことに気づいた素振りはなかった。
絶対に気づいていたはずなのに。
そうだ。もし美空が最初から履いてないことを前提としていたら。
パンチラ後にいつも通り俺に接してくれた、その〝いつも通り〟こそが演技だとしたら。
「……そういうこと、だよな」
ごめんな、美空。
創作選んで美空をフッておきながら、美空がそばで協力してくれることにずるずると甘えていった。
結果として美空に気を持たせるような中途半端な振る舞いをしてきた。
一年後さ――。
美空をフッたあのとき、その続きを言い切れなかった。
一年後に必ず結果が出るかわからないのにそれまで待っててくれなんて、俺の勝手で美空の貴重な青春を無駄にさせるのと同義だと思っていた。
その思いに偽りはない。
でも、本当の本当の思いはどうだったのか。
――自信がなかっただけじゃねえのか、俺は。
自信がなかったから続きを言えなかった。フッた残酷な事実だけを残した。
俺は馬鹿だ。
美空をフッたときに言うべきだったんだ。
だれしも未来のことなんてわかりっこないんだから、だったらせめてその情熱だけでも告げるべきだったんだ。
――一年後さ、絶対に作家デビューするから、一年だけ待っててくれ。俺も美空が好きだから。
それを言えてたなら上手くいっていただろうか。
わからない。
それはifの世界線のことだから。
けど、間違いなく言えることはこの世界線で俺は美空を泣かせた。
ごめん。本当にごめん美空。
だからせめてこれまで取りこぼしてきた美空の気持ちを、この両手いっぱいで掬って、ひとつひとつパズルのピースを当てはめていくように、丁寧に誠実に文章にして、美空が力を貸してくれたすべての日々は特別で意味があったんだと、美空がラブコメヒロインの物語で今度こそ結果を出すから。
俺が書き手で、美空がラブコメヒロインで。
二人で、今度こそ。
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