6章④ デートイベントを体験する

「――全ボツ……?」


 のどの奥が震えた。

 信じられなくて、チャラ担の台詞をそのまま繰り返した。


「このプロットは通せない」


 チャラ担は改めてそう告げた。バッサリと切り捨てるように。


「どこが……どこがいけなかったんですか?」

「このプロットでスタートしても凡庸な書き手たちの競争に巻き込まれる」


 凡庸な書き手たちの競争に巻き込まれる?

 どういう意味だ?


「いまウケているヒロインの属性で勝負すること。既存作の売れた要素だけを抽出してつぎはぎすること。既存ジャンルのパターンを詰め込むこと。そういった作品作りは競争に巻き込まれる」

「ま、待ってくださいよ。ウケたヒロインや売れたジャンルから学び、それを自作に持ち込むことを悪いって言いたいんですか」

「悪いんじゃない。競争に巻き込まれると言っているんだ。なぜならほかの作家だって同じように人気ジャンルやウケるヒロインをぶつけてくるから」

「ほかの作家も同じように……じゃあ競争すべきじゃないって言うんですか? もともと競争じゃないんですか、作家になるってのは。本を出すってのは」

「競争してもいいよ。勝てるならね」


 それはつまり、俺のプロットじゃ勝てないってことか。


「ボクが言いたいのは道成くんが凡庸な書き手たちの競争に巻き込まれるのがまずいって言っているんだ」

「凡庸……」

「そう、凡庸だ。無個性、換骨奪胎、テンプレ……自分の創造性ではなく、既存の枠組みの中でものを作るなら、いかに派手で過激な展開を詰め込むか、いかにヒロインをセクシャルにして読者の目を引くか、いかにSNSなどを駆使してセルフプロモーションをするか、そういう競争になる。ほかの出版社はそれでいいかもしれないけど、火炎文庫(ウチ)ではそういう作家は必要としていない」

「けどっ、流行りのラブコメをやれって言ったのは茶来担当じゃないですか。流行りをやるってのは競争に飛び込めってことでしょう」

「そうだね。ラブコメを提案したのはボクだ」

「だったら!」

「ラブコメを提案した狙いは二つあった。一つ目は、競争(流行り)の中で競争しないものが書ける可能性を道成くんなら持っているんじゃないかって。ボクはその可能性を見たかった」


 競争なのに競争しない?

 なんだそれ。禅問答をやるつもりはないぞ。


「二つ目は、知りたかったんだよね。ラブコメというほどだからね。道成くんがどういうキャラを、もっと言えばどういう人間を愛してるかを」


 ――道成くんってさあ、この世界のなにを愛してるの?


「俺、俺は手際よく、上手くラブコメをまとめようと――」


 ――だからダメなのか。


 手際よく、上手く……。

 ああ、そうだ。俺は上手いだけだ。


 チャラ担の返答に答えられない自分は技術論に逃げた。お約束展開に逃げた。ウケてるヒロインに逃げた。

 いや、技術論やお約束展開やウケを狙うのが悪いわけじゃない。他者の感覚で作られたものに安住して、なにひとつ自分の感覚で作ろうとしたのがいけないのだ。


 それはラクな道なのだ。


 ラクな道はみんなが行こうとする。

 でもみんなが進む道ってのはもう渋滞してて、途中から参加してもすでに遅れていて、突出した才がない限りそこから抜きん出ようとするのはあまりの分の悪い戦いだ。

 それはつまり競争で。

 だからチャラ担はみんな凡庸に混ざって競争するなと言ったのだ。


「ボクが期待しすぎたかもしれないね」


 落胆めいたチャラ担の声に、俺は頭上からバケツ一杯の氷水を浴びて芯から冷えるような感覚を覚えた。


 ――俺は、読んでくれた人をがっかりさせたのか……。


 ショックだった。

 編集とはいわば最初の読者だ。その読者の期待を裏切った。

 プロットが通る通らない以前の問題だ。

 作家として、作家になろうと目指すものとして、期待に応えられないなんて……。


「ボクからは以上だ。次は道成くんがこれだと渾身を捧げるプロットを読ませてほしい」


 プツッ。

 チャラ担が電話を切った。

 俺は携帯を耳に当てながら茫然自失と固まっていた。


 ――敗北した。


 ふりだしだ。また最初から。

 しかも今回はあまりに絶望的なやり直しだ。残り猶予は八ヶ月しかない。

 なんてことだ。今回のラブコメプロットを通してもタイムリミットギリギリだというのに、また最初からやり直しなんて……。


 どうする。

 どうすればいい。


 アイデアを考え、キャラを作り、ストーリーを構成し……またその作業だ。そんな作業していて間に合うのか。

 もう時間がない。時間が……。


 ダメだ……。

 ゼロからやって間に合うイメージがまるで湧かない。


 負けたんだ。

 正真正銘、俺は賭けに負けたのだ……。


「全部ダメだったなんて、そんな――」


 そう意気消沈した声を漏らしたそのときだった。

 パシャ、となにかが地面に落下してこぼれた音がした。

 なんだ、と顔を上げた。


 美空がいた。


 美空がショックを受けたように手に持っていたドリンクカップを落とし、その衝撃で蓋が外れてオレンジジュースが床にこぼれた。


 まずい。

 担当との会話を聞かれていた?

 いつからだ?

 どこから聞かれていた?

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