5章④ 帰りたくない家
美空が俺の家に泊まる?
「ですから、せっかくカレーを作りに来たので、それならついでにラブコメのイベントアイデア案も試してみるべきかと考えたんですよ。主人公とヒロインは同居してる設定じゃないですか。それと似た状況を私が泊まって再現することで、道成さんが執筆する際のリアリティに貢献できると考えたんです。もうこの説明五回目ですよ。いい加減にしてください」
美空は説明にうんざりした様子でそう言って、はむ、とスプーンでカレーを口に運ぶ。
いや、いやいやいやっ。
五回聞こうが一〇〇回聞こうがさすがに女の子が男の部屋に泊まるのは行き過ぎだろ。しかもあまりに急すぎる。
「今日は《ラブコメタイム》はなしだって言ったろ」
「厳密には《ラブコメタイム》ではないです。私はラブコメヒロイン化しませんから。あくまで私が泊まることで女の子が部屋にお泊りするとこんな感じなのだと執筆の参考してもらいたいだけです」
《ラブコメタイム》ではないがラブコメ制作に関わった事柄だと主張しているのか。どうにも強引な理屈に聞こえるが……。
違和感が頭をもたげる。
一見平然としている美空の態度だが、今日はどこかおかしいように感じる。
いきなり家に来てカレーを作って待っててくれるし、急に宿泊すると言い出すし……。
そりゃ俺だって本音を言えば……嫌なわけじゃない。でも浮かれるよりも違和感が前面に出て戸惑いを隠し切れない。
俺はフッた相手なのに。
それともこれは俺をフるためのリベンジ作戦の一環だろうか。
いま俺と美空はミニテーブルの上で向かい合いながらカレーを食っているが、これも冷静に考えれば普通なようで普通じゃない。
普段の美空なら「道成さんはあっちの離れたところで食べてくださいよ。私をフッたんですから」と憎まれ口を叩いて三、四メートル距離を置かれるのが普通だ。
美空が〝なに〟を考えているのかわからない。
ただ、美空の中で〝なにか〟が変わった気配がする。
変わったのは……丹羽田が来てからか?
「おい、美空。やっぱり泊まるってのはさすがに……」
「道成さん、いまカレー食べましたよね? 美味しいですよね?」
「え? それは、もちろん美味しいけど……」
「つまり道成さんは、私にカレーを作ってもらって満足してもう用済みだからさっさと家に帰れと言いたいわけですね。やるだけやったから後は用なしなんてひどい男ですね」
「誤解を招くような発言はよせ。なんで女の子相手に節度を持った対応してんのにそうなる」
「ではこの後も節度を持った対応をしてくれるならなにも心配いらないですね」
「親が許さないだろ」
「すでにお母さんに友達の家に泊まるって連絡入れてますよ。オーケイですって」
「〝男〟友達とちゃんと付け加えて伝えたか?」
「オーケイですって」
人の話を聞いてねえ。
「というわけで、カレーを食べ終えたらキッチンまで下げてくださいね。私がお皿を洗うので」
「おい美空、話はまだ……」
そこで美空が強引に話を打ち切り、一足先にカレーを食べ終えた皿を持ってシンクで洗いはじめた。もはや泊まりは決定事項だ言わんばかりに。
なんだか大変なことになってきたな……。
※ ※ ※
二人してカレーを食べ終えると、近場の銭湯に行くことになった。
「道成さん、歩き方……なんか変ですよ?」
「変になっテ、ないヨ?」
なっていた。
美空と銭湯に向かう道中、今晩美空と一つ屋根の下で夜を過ごすのかと意識してしまったせいか、俺は同じ手と足が一緒に前に出るぎこちない歩き方となっていた。
でも変になっているのはきっと俺だけじゃない。
「あ、ちょっとコンビニに寄ってていいですか」
「コンビニに、ヨル? なんか買うの、カイ?」
「いい加減もとに戻ってくださいよ」
途中、美空がコンビニを見つけて立ち寄ろうとしたので、俺も特に買い物はなかったが続いて入ろうとして、しかし美空が慌てて振り返って両手で制した。
「道成さんは外で待っててください」
「え、なんで?」
「それは……口調とか歩き方が不審者みたいだから入らないでください」
「そんな理由で!? だれが不審者だ。もろもろ改善したわ」
「とにかくいいから外で待っててください。絶対入っちゃダメですからね。フリとかではなく本当にダメですからねっ」
「はあ……」
しかしダメだダメだと言われると余計気になるもので、俺は外で待ちながらも首を伸ばしてガラス越しにうかがう。
――あれは……下着か? 下着を買ってる?
最初からうちに泊まる予定なら用意していてもおかしくないはずだが……。
泊まりは急遽決めたってこと? カレー作っているあの場で? 美空って案外その場の勢いで決めるタイプなのか?
あとほかに買ってるのは……手のひらサイズの箱型の……お菓子? 小さくて遠くからではよく見えなかった。美空がちょっと照れたようにうつむいてる。
「お待たせしました」
いつものクールな顔つきで戻ってくる美空。レジ袋に下着が入っている素振りなんて微塵も感じさせない。
とはいえ俺としても「下着の用意がなかったのか?」なんて尋ねるのはデリカシーがなさすぎて聞けず、結局言及することなく銭湯にたどり着いた。
ひとっ風呂浴びて浴場から先に出たのは俺のほうだった。待合室でフルーツ牛乳を飲んで待っていると、やや経って美空が女風呂の暖簾をくぐって出てきた。
「お、美空も風呂から上がって……美空?」
「…………」
が、美空は顔を伏せ、表情を隠し、なにも言わずスタスタと銭湯から出て行こうとする。
「おい待て無視すんな美空、美空だよな?」
ワンテンポ遅れて追いつき、美空の背に声をかける。「どうした美空。勝手にひとりで出て行こうとするなよ。
「それは……」
美空はこちらに背を向けたまま、どこか言い辛そうにもじもじと指を合わせる。
「顔を、直接顔を見られたくなくて……」
「顔を? なんで?」
「ですから、それは……メイク、落ちちゃってるので」
ああ、そういうことか。
「なので今日はもう……私の顔見るの、禁止です」
「いや顔見るなって、顔見ないでどうやって喋るんだよ」
「いまみたいに……背中越しに?」
「喋りにくいわ」
「では……こういうのはどうでしょう」
と、美空が売店に売られてるゆるキャラのぬいぐるみを顔の前に持ってきていきなり口真似をはじめる。
「銭湯組合公式キャラクターゆっぴーくんだよっ。美空ちゃんのお風呂上がりのすっぴん顔はボクが守るっぴ!」
「んなもんより銭湯文化を守れよ。あとその語尾は公式設定か?」
「と、とにかくっ、女の子のすっぴんを見るのは禁止です。いやもはや禁忌です」
禁忌って……すっぴんってそんなやばいシロモノなのかよ。
「てか、風呂入るならメイク落ちるってことぐらいわかってただろ。……わかってた、よな?」
「…………」
「まさか入る直前まで失念してたのか?」
「し、失念していませんっ。もちろん気づいてましたよ」
気づいてなかったな。
風呂入る直前で「あ、メイク落ちちゃう!」みたいな感じで気づいたのか? ……いやでもさすがにそれはあまりに抜けてないか。
「もし正面で喋るときがあれば……私のおへそを見て喋ってくださいっ」
ててて、と小走りで家路を急ぐ美空。
「へそ見て喋れって……なんだそりゃ」
今日の美空はあまりにも精彩を欠いている。
普段は背筋がぴんと伸びていてきちんとした雰囲気なのに、どこか場当たり的に物事を決めてる感じだったり、なんだかところどころ抜けてる感じだったり……。
俺の歩き方も変だったが……美空、お前もなにか変だぞ。
それとも、これもまた美空なのか?
これまで俺がそういう美空の一面を気づかず見過ごしてきただけか?
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