4.5章 丹羽田視点
「美空先輩、演技じゃなくてマジだったなあれ」
オタク先輩の家からの帰り道。
指は二人の彼氏へのメッセージを器用に捌きながら、頭の中は《ラブコメタイム》での美空先輩の様子でいっぱいだった。
――見逃さなかった。あたしがオタク先輩の片腕に抱きついたとき、美空先輩の瞳の奥で炎がめらっと燃えた瞬間を。
あれは女がマジでするときの目だ。
大マジの目。
「こえー。女ってどこに地雷があるかわかんないからなー。しまったなー、あたしも調子乗って煽りすぎちゃったかなー」
美空先輩とオタク先輩の二人のやり取りを観察していたとき、その関係性に興味が湧いた。
気まずい関係なんて言ってたけど、むしろあたしには逆に見えた。
フツーの関係とは違う〝なにか〟を感じ取った。
美空先輩は常にオタク先輩を目で追っていた。
声のトーンは楽しく弾まないように力んでいた。
まず気にしないそれら些細な仕草。
でも、演劇部で手取り足取り美空先輩に演技を指導してもらったあたしにはわかる。
オタク先輩に対して見せるクールでツンとした態度は演技だ。
決定的だったのは《ラブコメタイム》で仕掛けたとき。
オタク先輩の片腕を抱いて、美空先輩の反応を探った。
そこで瞳の中の炎を見た。
――なーるほど。そういうことね。
そこで美空先輩にこれまで抱いてきた疑問も一気に解けていった。
美空先輩はモテる。
超絶美少女アイドルって感じじゃなくて、クラスの中で二、三番手ぐらいの手の届きそうな可愛さだけど、男が付き合いたいって思うのは後者のほうが多かったりするんだよね。あと地味に隠れ巨乳。
あたしが知ってるだけでも美空先輩は何度か告られてた。中にはサッカー部のイケメン主将だっていた。
でもことごとくフッていた。
そっか、オタク先輩に未練たらたらだからか。
最近の美空先輩の奇行の謎も解けた。
発作みたいにメイド服姿で部室から飛び出しちゃったのも、最近部活後にルンルンと鼻歌でステップ刻みながらどっか行ってたのも、カラオケの付き合いが悪くなったのも、オタク先輩のもとに訪れていたからだ。
二人の関係についても見えてきた。
最初はもしかして元カレ元カノの線とかもあるかなーって思ったけど、じぃぃと観察してて二人とも付き合った経験なさそうな初々しい感じだった。
オタク先輩に限っては爪伸びてたしなぁー。そういう部分なぁー。
そこで。
――もしかして、もうフラれてたりしてぇ。
そこまで狙って放った一言じゃない。ラッキーパンチが当たった感じだ。
その台詞に対するリアクションは美空先輩ではなくオタク先輩のほうが遥かにわかりやすかった。明らかにぎょっと目を丸めていた。
フッたフラれたの関係。
パッと見の印象だとオタク先輩がフラれた側で美空先輩がフッた側に思えるけど、これまでの流れから考えると逆だ。
もし美空先輩がフった側なら、わざわざオタク先輩の家に上がってラブコメ制作の協力なんかしないと思うし。
いやありえる? フツー美空先輩フる?
もしあたしがオタク先輩の立場になったらあんな美人と付き合えるってだけでテンション爆上がりなんだけど。美空先輩の隠れ巨乳を揉みしだきたいと思わぬのか。ぬぬぬ。
でもなー、オタク先輩もまた美空先輩に気があるのは確かなんだよな。だってあんな美人を家に上げといて気がないなんてのは絶対ナイでしょ。ナイナイ。
だとしたら、だ。
美空先輩を選べない以上の〝なにか〟がオタク先輩にあるってわけか。
フツーに考えたら、ほかに好きな人がいる、ってのがありがちだけど、その線はまずない。さっき考えた通り美空先輩に気があるのは間違いないから。
それじゃあ好きな〝人〟ではないとしたら?
そこでまず思い出すのは部屋。
部屋ってのはその人間のアイデンティティと紐づいた物が必ずある。写真、化粧品、絵画、グラビアポスター、ゲームソフト、映画のBD、ギター、小説……。
小説。
そうだ。オタク先輩の部屋にはかなりの数の小説が積み上げられていた。
――俺はプロの小説家を目指してるんだ。
オタク先輩はそう言っていた。そこに加えて、《ラブコメタイム》中の美空先輩の切実な台詞。
――恋愛は彼に迷惑をかけるから。
当然、役と役者は別人格だ。
だが役者が芝居にリアリティを出すために自身の人生経験と重ねるように感情を台詞にのせる手法がある。あの台詞はまさにそれだった。
だとしたら、オタク先輩が美空先輩を選べない理由は――。
「創作か。プロの小説家目指すのに必死で恋愛なんかしていられない、わかりやすく言っちゃうとそんな感じかな」
創作バカって感じするもんなぁ、オタク先輩。
しかもこれまた美空先輩も真面目だから身を引いたんだろうなぁ。
一時は。
そう。一時だ。
未練なんてそう簡単に断ち切れるもんじゃない。
しかも同じ学校にいるならなおさら辛い。どれだけ距離を置いたってどこかで目に入ることがあるしね。
現にいまの美空先輩がそうじゃんね。
細かな経緯は知らないけど、ラブコメ制作の協力者って建前で、オタク先輩の隣にいたいって本音が見え隠れしている。
でも隣にいるだけじゃ満足できないでしょ。
創作に一途なオタク先輩がどこまで美空先輩の本心に気づいているかわからないけど、あの調子じゃこの先もオタク先輩から美空先輩にアプローチしてくることはない。
そうなると美空先輩から積極的にアプローチを仕掛けていくしかない。
「なるほどね。《ラブコメタイム》だけじゃなくてリアルでも三角関係なわけか。オタク先輩、美空先輩、そして創作か。わー、メンドクセーことになってんねー」
本当はずっと隣にいたいけどラブコメヒロインを演じることでしか好きな人と繋がれない美空先輩。そのジレンマでどんどん奇行っぷりが加速していきそう。
オタク先輩は申し訳なさそうな感じで、美空先輩に嫌われてるんじゃねってまで思ってそうで、そのおかげで勘違いっぷりがどんどん加速していきそう。
奇行と勘違いを繰り返しながら創作の壁にぶつかる。また奇行と勘違いを繰り返しながら創作の壁にぶつかる。以下ループ。
なにその構図。外野からしたら面白いけど、本人たちはたまったもんじゃないだろうな。
「二人は気まずい感じなのかもしれないけど、外野のあたしから見たらフツーにラブコメやってるような感じに見えるけどな」
別にいいじゃんね。オタク先輩、美空付き合っちゃえばさ。恋愛も小説も両立すればさ。
なんで美空先輩と付き合って一緒に成長しながら小説書くって発想がないんだろ? 器用じゃないから? 上手くバランスを取れる気がしないとか?
それとも、あたしが知らないどうしても小説を取らなきゃいけない状況とかプレッシャーとかがあるのかな?
「やっぱ美空先輩からアプローチしていくしかないよなー」
だからあたしは《ラブコメタイム》で美空先輩を焚きつけた。
でもきっとあたしが焚きつけなくたって結果は変わらないだろうな。いつか美空先輩はラブコメ制作者として隣に居るだけじゃ物足りなくて、自分だけもっともっと特別に扱ってほしくて、我慢していた気持ちがどっかで爆発する。
だってオタク先輩のことすっごい好きじゃんね。
あたしがオタク先輩にくっついたときすっごく嫌そうな顔してたじゃん。
わかるよ。丸わかりだよ。結果が遅いか早いかの違いでしかないなら、早いほうがいいに決まってる。
「がんばれ、美空先輩」
今日まで約一年間、美空先輩にはめちゃくちゃお世話になったんだ。
恋が報われてほしいと心から思う。
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