4章② オタクに優しくないギャル
「というわけで連れてきました。後輩の丹羽田ちゃんです」
「やほー! うらにわにはにわにわにはにわにわだがいるー、でおなじみの丹羽田(にわだ)ちゃんでーす! ギャルピース」
玄関扉を開けると、二人の女子が並んで立っていた。
ひとりはもちろん美空だ。
注目すべきはもうひとり――アイシャドウで目元をぱっちりと開き、グロスが塗られた唇でニッと微笑みを作っている。髪型はふわっとした巻き髪で金色に染めており、制服をだらっと着崩して腰にカーディガンを巻き、スカートは太ももを露わにするほど短い。そして決めポーズのように右手を前に突き出した独特のピースサインをしている。
典型的なギャルだった。
俺の学生生活でまず間違いなく交わることのない人種だった。
「うらにわにわにわにわ……?」
噛みそうな言葉を流暢に喋るギャル。
「いま流行ってんだよね、早口言葉を自分の名前に一部アレンジして挨拶すんの。あたしの中で」
「お前の中でかよ」
「ねえ可愛くない可愛くない? 超可愛い挨拶っしょ?」
「いや、別に可愛くないが……」
「はあ!? 可愛いしぃぃ!!」
キンと甲高い声に耳を押さえる。
うるせ……なんなんだこの騒々しいギャルは。
「つか、あんただれ? ここ、どこ? 美空先輩ー、稽古に付き合ってほしいって頼まれたからついてきたんですけどー。なんか得体の知れないダサ男出てきたし、やたらボロいアパートだし、これどういうことです?」
「ここだよ、丹羽田ちゃん。この人の部屋で稽古するの」
「は? はあああ! マジ!? マジで言ってますそれ!? この非モテ感プンプンする男の家で稽古!? 台風来たらぶっ飛んできそうなボロアパートで稽古ぉ!? いや、いやいや無理っしょ!」
このギャル、人の家の前で失礼なことを……っ。
「おい美空、後輩にちゃんと説明してなかったのかよ」
「説明しましたよ、最低限は。正直に全部話したら女子高生がこんな男部屋に来るわけないじゃないですか」
美空もさりげなくひでえこと言ってくれるな。
「で、あんた何者? あたしは自己紹介したんだから今度はそっちの番っしょ。雰囲気オタクっぽさそうだから、オタクって呼べばいい?」
「おい、口の利き方には気をつけろよ。俺は一個上だぞ。お前の先輩だぞ」
「うわ、先輩だからってエラそー。はいはいじゃあ非モテ感ハンパないオタク先輩ねー」
「お前はいかにもバカっぽさそうな尻軽クソギャルって感じだけどな」
「ああん!?」
「ああん!?」
メンチを切るように睨み合う俺とギャル。いまにも額を突き合ってぶつかりそうな険悪な空気になる。
「はー、謎だし。このボロアパートで稽古なんてマジ謎。オタク先輩はー、美空先輩とどーゆー関係なわけ?」
関係――。
フッたフラれたの関係を丹羽田は知らないのか?
まあそんなややこしい過去を同じ部活に所属してるからってわざわざ美空が喋ることでもないか。
「俺と美空の関係は脚本家と役者の――」
「学校ですれ違ったら挨拶どころか素通りする気まずい関係です」
相変わらずツンと澄ました顔で美空が容赦なくそう言う。
「おい、後輩にややこしい説明するな」
「間違ってます? では、お風呂を二日も入らないで私にひざ枕させた関係と訂正しておきましょうか」
「訂正になってない! いやまあ事実だけみたら間違ってはないけど!」
「わかりましたよ。では、演技を通してキスを強要してきた男と説明しておきましょうか」
「やめんか! 余計に誤解されるだろ!」
これ以上美空に発言させたら俺の立場が危うくなる。
「丹羽田、いまのやり取りは忘れてくれ。俺と美空は……脚本家と役者の関係だ。俺が一年の頃に演劇部の助っ人脚本家やってて、その繋がりでいまは美空に俺が考えたヒロインの演技を――」
すっかり丹羽田が戸惑ってしまっているだろうから丁寧に説明しようと思って――だが、違った。
じっっ、と値踏みするような凝視。
丹羽田だった。
丹羽田の視線だった。
俺の身振り手振りや声のトーン、美空との会話のやり取り、そこから俺と美空の関係を読み取ろうと目を細めていた。
――なんだ……こいつ、雰囲気が変わった?
バカっぽいギャルのイメージが先行していたが、いまの雰囲気はどこか探偵みたいな……。
「美空先輩ー。もう稽古なんてよくないですかー」
が、俺が丹羽田に怪訝な視線を向けると、丹羽田が素知らぬ顔となって俺への視線を解く。ダルそうな声を出して雰囲気を元に戻す。
「だって男臭いボロアパートで稽古なんてやってらんないしー。それより新作のフラペチーノ食べに行きましょーよー」
「丹羽田ちゃん。前回の期末試験のこと、覚えてる?」
「へ? 期末試験?」
「私、丹羽田ちゃんに頼まれてつきっきりで試験勉強教えてあげたよね。過去問までしっかり用意して。結果、赤点回避できたよね。留年しなくてよかったね」
「あ、あわわっ。そ、それは……!」
「それなのに、私の頼みは聞いてくれないんだね。ふーん。そっか。じゃ、今年は赤点回避できるといいね。二年生を二回やることにならないといいね」
「あああああ美空先輩! 稽古付き合いますううう! 稽古! 全力稽古!」
泣いてすがりつく丹羽田に、にっこり微笑んでよしよしと頭を撫でる美空。
完全に後輩を手懐けているな……。
丹羽田は……やっぱりただのバカなギャルだったか。
「それじゃあ稽古稽古! おっじゃましまーす! ……で、稽古って具体的になにやんの?」
「ホントになにも聞かされてないんだな……。順を追って説明するとだな、俺はプロの小説家を目指してるんだ。そこでいまラブコメラノベに挑戦しててな」
「らぶこめらのべ?」
「そっから説明が必要か。ラブコメラノベっていうのはだな――」
近場にあった一冊を手に取って具体例として見せる。
「例えばこれ、『オタクくん、ギャルのあたしと一緒にオタ恋活しよっ』」
「なにそれ、エロ本?」
「違う! 一〇代読者をターゲットにした健全なラブコメ小説だ」
「いやウソだし! ウソウソ! だってその表紙、胸の谷間とか太ももとかエッチぃ感じで描かれてるじゃん! エロ本じゃん! つか、そのオビ……ぷっ、ぷくすす、ぷはははははっ!」
「な、なんだよ。いきなりなに笑ってやがる」
「いや笑うし! おかしいでしょ! だっているわけないじゃん、オタクに優しいギャルなんて。ぷははははははははははははっ!」
爆笑。
丹羽田が腹を抱えて涙を流している。
「はーやばっ、笑いすぎてお腹痛い。今日イチで笑った。オタクに優しいギャルぅ? ナイナイ、絶対ナイって! はじめて聞いたそんなギャル。キモ」
キモ。
オタクに優しいギャルを演じる丹羽田の、まったくオタクに優しくない発言。
瞬間、脳が沸騰した。
「お前ええ! オタクに優しいギャルを演じる役者が夢壊すようなこと言うなああ!」
「はあ? なに急に騒いで。フツーに思うし。言うし」
「言うな! 絶対言うな! こっちは真剣なんだよ! 人生懸けてラブコメやろうとしてんだよ! オタクに優しいギャル書いて人気ラブコメにしなきゃいけねえってのに、オタクを馬鹿にして笑うギャルなんてモデルにできるかああッ!」
「う、うるさっ……。キモって言ったこと怒ってんの? 口癖みたいなもんだし。深い意味ないし」
「口癖でも言うな! オタク向けのギャルはキモとか言わねえの。悪口言わないの。ワガママも言わないの。ギャルでありながらギャルの欠点がないの!」
「そんなギャルもうギャルじゃないじゃん!」
「ラブコメだからそれでいいんだよ! 『オタギャル』はオタクに優しいギャルヒロインの人気が爆発して三〇万部突破したんだぞ。俺も今回ヒロイン作りの参考にさせてもらった。それをいないとか、キモいとか、オタクに優しいギャルを演じるお前が夢壊すなあああ!」
「落ち着いてください道成さん。相手はラブコメ知識皆無のリアルギャルですよ」
美空が間に入ってる。はあはあとして激昂して息切れする俺にどうどうとばかりになだめすかす。
「丹羽田ちゃんにはまだオタクに優しいギャル演じると説明してなかったので、多少の悪口は大目に見てあげてください。このままケンカしていたら《ラブコメタイム》にも悪影響が出ます。もっと上手に手懐け……仲良くやりましょう」
いま手懐けるって言いかけた?
「ぷくくっ。オタクに優しいギャルがいるっていうならさあ、ギャルを毛嫌いしないスクールカースト最上位オタクがいるかよって話じゃんね。ナイでしょ。やっぱナイナイ」
当の丹羽田はいまだ口に手を当ててニヤニヤと笑っている。
このオタクに優しくないギャルが、オタクに優しいギャルを演じれるのか?
このまま《ラブコメタイム》やって上手くいのか?
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