4章① オタクに優しくないギャル

「やほー! うらにわにはにわにわにはにわにわだがいるー、でおなじみの丹羽田にわだちゃんでーす! ギャルピース」


 突然だが、いま俺の目の前で繰り広げられている光景を一行で説明しよう。


 オタクの家にギャルが来た。


 一体なぜこのような事態になったのか。

 事はきのうまで遡る――。


   ※ ※ ※


「プロット、ようやく一区切りついたわけですね」


 自室。美空がプリントアウトしたプロットを読みながら頷く。


「一区切りといっても、まだ序盤の展開とタイトルしか決まってないけどな」


 今作のタイトルは『僕と彼女の夢』。


 ゲームプロデューサーを目指す生産型オタク系の主人公と、学園で委員長をやっている真面目系堅物ヒロインのラブコメ。


 ストーリーは入学早々パンチラをきっかけに険悪になる二人だが、上京してきた主人公の下宿先がなんとヒロインの家だった。

 二人は同居することとなり、険悪だった関係がゲーム制作を通じて恋愛へ発展していき、互いに夢を目指していく。


「で、中盤以降の展開だが……恋のライバルを登場させて三角関係にしようかなと考えているんだ」

「新ヒロイン登場というわけですか」

「主人公がメインヒロインと結ばれるのは既定路線だけど、新ヒロイン登場で主人公を巡って恋の行方に波乱を起こす。ラブコメっぽいだろ」

「その新ヒロインがこの〝オタクに優しいギャル〟……」


 美空がプロットをぱらりとめくる。そこには中盤のストーリー案と新ヒロインのプロフィールが載っている。


「オタクに優しいギャルって……なんですか?」

「いわゆる属性だな。ツンデレとか幼なじみとかそういう類いの。最近流行りつつあるんだよ。陽気で人当たりがいい、文字通りオタクにも優しいギャル。そうだな、いま売れてる作品で説明すると……これかな」


 タイトル『オタクくん、ギャルのあたしと一緒にオタ恋活しよっ』。通称『オタギャル』。

 オビには『三〇万部突破! これがオタクに優しいギャルの最前線!』とコピーが踊っている。


「オタクに優しいギャルなんて存在するんです?」

「よせ。その手のツッコミは無粋だ」


 はあ、と美空は不可解な顔で表紙イラストを見つめる。

 金髪、ピアス、だらっと緩んだネクタイ、典型的なギャルヒロインが美少女ソシャゲに没頭しており、制服からはち切れそうな胸を強調している構図。


「なるほど。ギャルでありながらサブカル趣味を感じさせ、なおかつエッチな雰囲気を醸し出しつつ、主人公と気さくに交流するヒロインが人気というわけですね」


 分析するようなフラットな目線で、表紙、口絵、本文とページをめくって内容を確認していく美空。


「珍しいな。いつもの毒舌めいたツッコミはしないのか?」

「毒舌めいたって、いつも当然の指摘をしているだけだと思いますが? まあここ数週間で私もそれなりにラブコメを摂取してきましたし、なぜこのヒロインが読者に喜ばれているのか、それを分析することも大事だなと思ったんですよ」


 現実的ではないと頭ごなしに否定してかかるのではなく、なぜウケているのか考える。美空のちょっとした変化を見た気がした。


 変化、か。


 俺は押し入れに視線を向けた。

 美空と再会した春の夜、あのとき結局うやむやになって捨てられなかったSF原稿がそこで眠っている。


「変わるほうがいいのか、変わらないほうがいいのか、どっちなんだろうな」


「はい? どういう意味です?」

「あ、いや、独り言っていうか……。今回の新ヒロインの設定ってさ、いまウケてるものを取り入れて読者を喜ばせようと試みてみたんだ。ぶっちゃけ流行を意識した。でも、どっかで柄じゃないことやってて、それでいいのかって疑問に思ってる自分がいて……」


 変われる柔軟さ。

 変えない揺るがなさ。

 両方を秤にかけたとき、作り手として成長するのはどちらのほうなのか。


「いいじゃないですか流行を意識したって。読者が喜ぶならそれで」


 美空がさっぱりとした調子で言った。


「変わることは、私はいいことだと思います」


 肯定する美空の言葉は普段より柔らかく感じた。

 フッたフラれたの関係を活かしたロールプレイラブコメ制作。

 こんな試したことない作り方をするのも、「変わる」一環か。

 そして「変わる」ことが正しかったか、間違っていたか、それはプロットをチャラ担に見せたときに判明する。

 プロットが通った正しいか、通らなかった間違いか。


「そうだな。変わろうと思わなかったら《ラブコメタイム》だってやってないからな。それこそ前回のパンチ――」


 ラ、と言葉を発しかけた瞬間、まぶたの裏に焼きついた黒レースのショーツがまざまざと蘇る。


「どうしました?」

「あ、その……なんでもないっ、別になんでも!」


 顔の前で両手を振って赤面した顔を隠す俺。一方で美空は疑問符を浮かべるように首を傾げている。


 ――あれ、パンチラの話題が出かけたのに……美空のやつ、平然とした顔してんな。

 先日のハーフパンツ履き忘れていたことに気づいてないのか?


「なんですか、私の顔をじっと見て」

「あ、いや、すまん。話を戻すぞ。新ヒロイン、新ヒロインの話だったな」


 ごほんと咳払いして仕切り直す。


「新ヒロインを登場させるとして、問題は《ラブコメタイム》をどうするかだ」

「新ヒロインの役が必要ってことですね。まあ私が一人二役やることもできますが、どうせならもうひとり役者を追加したほうが臨場感が出て執筆の参考になると思います」

「やっぱそうだよな。どうすっかな、オタクに優しいギャル役か……」


「ひとつ、私に案があります」


「案?」

「私が役者を連れてきます。演劇部のひとつ下に適任の後輩がいます。私がメインヒロイン、その後輩がオタクに優しいギャルを演じれば、三角関係の《ラブコメタイム》ができます」


 ひとつ下の後輩ってことは二年か。俺が演劇部の助っ人を終えた後に入ってきた世代だ。

 俺とは面識のない後輩ということになるが……。


「美空が適任だとわざわざ連れてくるってことは、そいつってもしかして――」

「はい、ギャルです」

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