3.5章 美空視点

 階くんに借りたラブコメ小説を読破して、焦った。


 ――え、想像以上に面白いじゃん……。


 正直、侮ってた。

 ふざけたタイトルが目立つし、表紙も男性読者向けに媚びている感じだし、女性読者の私が読んでも心揺さぶられることはないだろうと高を括っていた。

 気づけばページをめくる手が止まらず朝になっていた。

 楽しかった読書体験は、しかし読了後に焦燥感に変わった。


 ――これほどのクオリティに仕上げないと本として世に出ないんだ。


 心の底に沈んでいた不安が澱のようにぶり返した。


 競争激しいプロの道を往く階くんに、私はどこまで役に立っているのだろうか?

 協力するなんて言いながら足引っ張っちゃうんじゃないだろうか?


 ネットで『彼女の友達にも恋しました』を調べると通販サイトのレビューで高評価が並び、公式SNSでは重版出来にコミカライズ決定と喧伝されていた。

 高評価レビューの大半はやはりラブコメらしく「ヒロインの可愛さ」を挙げていて、そしてその可愛さを表すのにセクシャルなシーンがウケている印象だった。


 ヒロインの可愛さ……そこでふと思い出したのは演劇部の男子部員たちがソシャゲにハマった理由について語り合っているところだ。

「水着○○〇に釣られてはじめた」

「バニーガール△△△のシナリオ読んだけどめちゃ可愛かった」


 ――そうだ。人気を獲得するためならありとあらゆる手段を取らないとダメだよね。


 私だってもっと懸命にやらなきゃ。

 やれること全部やらなきゃ競争に勝てない。


 決めた。

《ラブコメタイム》で『彼女の友達にも恋しました』のプロローグのようにパンチラやろう。

 前回ひざ枕の《ラブコメタイム》からおよそ一週間、階くんからプロットの進捗については連絡がない。

 まだ一週間と思う人がいるかもしれないけど、夜通し作業しているだろう彼から一週間も連絡がないのはやはり遅れているのだろう。

 きっと行き詰まっている。

 悩んで丸まった彼の背中が容易に想像できる。彼の物語に貢献したい。私だってアイデアを出すべきだ。

 役に立て私。


 問題は……どうパンチラを提案するかだ。


 パンツ見せますっていきなり言っても階くんは遠慮しちゃうだろうし、そもそも疎遠美空のキャラじゃない。

 むむむ、ここにきて自分で決めたキャラ設定が憎い。

 だったらここは……失態を装うしかないよね。ハーフパンツ履いているから平気と言って、実際は履いていないという失態だ。


 もしパンチラを提案して彼の琴線に触れられなければその時はその時だ。

 あくまで物語を作るのは彼。

 作品のクオリティに貢献できないアイデアと判断したなら捨ててくれて構わない。


 思い立ったら即行動。駅ビルに店舗を構えたランジェリーショップに出向いた。

 下着なんて普段は量販店で買うからはじめて訪れた。色鮮やかでセクシーな下着の数々に目がチカチカした。レースの下着をレジに持っていくときなんて顔が熱くなってずっとうつむいていた。

 ネット通販という手もあったけど、家族が荷物受け取って開封されたら死ねる。その場で即死する。


 購入した下着のデザインは『彼女の友達にも恋しました』を参考にした。んだけど……。


 ――これ、履くのぉ……。


 自分の部屋で改めてレースショーツを広げて、ひよった。


 こんなきわどい下着を階くんに見せるの? マジ? こんな下着着けたことないよぉ……。


 いや、いやいやいやっ、やるって決めたじゃん!


 階くんだってがんばってるんだ。私だってパートナーとして体張らなきゃ。

 なに、チラッと見せるだけもんね。

 パンチラなんだから、ちょびっと見せるだけだもんね。

 一瞬、ほんの一瞬だけなら恥ずかしくないもん。

 問題ない。

 問題ない、はずだった……。


「扇風機の風が強すぎじゃなああぁぁぁ――い! やああぁぁぁ――ん!」


 階くんの自宅からの帰り道、スカートが強風で煽られた瞬間を思い出して、ぼふっ、と爆発しそうな顔を両手で押さえてしゃがみ込んだ。


「モロじゃん! チラどころかモロ見られちゃったじゃん! 恥ずぃぃぃ!」


 やんやん、と真っ赤な顔を振る。


「ああもう私ってばいっつもこんな感じじゃん! やると決めたら勢いでやっちゃって、結果ひどいことになって悲惨なことにぃぃぃー」


 はああ、と心の底からため息を吐く。

 まったくなにやってんだろ。

 まあ唯一の救いは階くんのプロットが進んだことか。

 力を貸すのが当初の目的だったんだから結果オーライだよね。


 ――本当に?


 ふと、声が聞こえた。

 私だった。

 私が私に問いかけていた。


 ――本当に純粋に力を貸すだけが目的だった?


 それは……。

 本音を言えば下心がないなんて嘘っぱっちだ。

 心のどこかで期待している。私のこと、意識してほしいなって。

 下品だとわかっててもああやってパンチラすることで、選ばれなかった私でも、もしかしたらワンチャンあるかもって。


 わかってる。間違ってる。

 でも倒錯しちゃいそうにある。

 彼に力を貸すってことが第一優先なのに、このまま隣に居続けたらどんどん自分のエゴが肥大化していきそう。


 まあ階くんは私の意図に気づいている素振りなく、今回はただ私のショーツをがっつり見ただけだけど……。


「ん、がっつり見た?」


 って、ちょっと待って。

 がっつり見たって、それって……。


「この下着、割と透けてるけど……見えてないよね? 動いたり座ったりしたときにズレてないよね? はみ出してないよね? いろいろとデリケートな部分……。え、え、大丈夫だよね? ちゃんと家出る前に確認したもんね!? いろいろチェックしたもんね!?」


 めちゃくちゃ不安になってきた。

 すぐそばにあった公園があったのでトイレに駆け込み、スカートをたくし上げて恐る恐る確認する。


「大丈夫、きっと大丈夫、見えてな……は、は、はわわわわわわわわ!!」


 その後の記憶は、あまり憶えてない。

 ただ今後この話題だけは絶対に階くんの前で出さないようにしようと固く誓った。

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