3章① パンチラを考察する
美空との《ラブコメタイム》から一週間ほどが経った。
美空から着想を受けて俺はヒロイン設定の細部を詰めていった。そうして完成したキャラクターシートを美空の携帯に送って共有した。
ヒロイン設定については固まった。
次の段階は、そのヒロインをストーリー上でどう魅力的に輝かせるか考える作業――プロット作成だ。
今作はラブコメだ。
繰り返すがラブコメは〝キャラもの〟だ。
〝キャラもの〟ならやはり〝ヒロインのためのストーリー〟を考える必要がある。
それは芸能事務所がアイドルをプロデュースする際にどういう
「……って、頭の中ではわかってるんだけどな」
いざプロットを作ろうとして、しかし序盤からつまづいた。主人公とヒロインの出会いのシーンがまったく浮かばないのだ。
何日も書いては消してを繰り返した。
ラブコメはやっぱり諦めたほうがいいんじゃないかと思い詰めるまで考えた。
白紙の文章ソフトと睨めっこが続いていたずらに時間だけが過ぎていった。
――そりゃ簡単にはいかないよな。
ずっと〝ストーリーのためのヒロイン〟という作り方をしてきたのに、今回要求されているのは真逆の〝ヒロインのためのストーリー〟。
いきなりガラッとスタイル変えられたら苦労はしない。
――このラブコメ作り、一番の難所は執筆よりもプロット作業かもな……。
執筆自体はプロットさえできれば書けると思う。
もちろん執筆は執筆で別の大変さがあるだろうが、少なくとも設計図が手元にあれば大きく迷いはしない。
プロットは、迷う。
ラブコメを書き慣れてないこともあってか、こういうストーリー展開ならヒロインを可愛く演出できる、みたいなイメージが湧かない。
「なにかいいアイデアは……アイデア……アイデア……。またボツになってふりだしからなんてごめんだぞ。とにかく出会いのシーンのアイデア出しだ。そのアイデアを美空と、いやミソラとの《ラブコメタイム》で試して、プロットのクオリティを高めていけば……可愛くて、魅力的で、輝いて、そんなミソラを……ミソラ、ミソラ、ミソラ、ミソラ……」
「私がなんです?」
「うおわっ!?」
突然、背後から声がしておっかなびっくりする。
振り向くと、美空がいた。
「なっ、ななな、なんで美空が俺の部屋に!?」
「なんでって、いつでも訪ねていいと合鍵くれたじゃないですか。一応事前に携帯にメッセージ送りましたし、お邪魔する前にノックもしたんですが、気づきませんでした?」
気づかなかった。家でも学校でもプロット作業に没頭していた。
「というか、聞きたいのはこっちですよ。パソコン画面を睨みつけながら私の名前を連呼するなんて一体なにやってるんです。傍から見たらヤバイ奴感めっちゃ出てましたけど」
「あ、いや、それは、美空というかミソラで」
「はい? 私というか私? 寝言は寝てから言うものです。ちゃんと寝てください」
口頭だと説明しにくいな……。
「用件はなんだ。なにか用があって俺の家まで訪ねて来たんだよな」
「借りていた小説を返しに来たんです」
美空がスクールカバンを開けてラブコメラノベ数冊を取り出す。
貸してからそう日は経っていないのにもう全部読んだのか? 早いな。
「それで読んでいてどうしても引っかかった点があるというか、道成さんにお話を聞いてもらいたいというか」
「気になった? どこが?」
「これです。この小説」
タイトル『彼女の友達にも恋しました』。
美少女イラストが描かれた表紙をめくって口絵を開くと、桜咲く校門前を背景に、美少女ヒロインが突風に煽られてスカートが舞い上がり下着をのぞかせ、主人公が偶然目撃してしまったシーンが描かれていた。
いわゆる「パンチラ」イラストだ。
「これは問題ですよ」
美空が問題点を指摘するようにイラストをトントンと指で叩く。
「問題? どこが?」
「だってありえなくないですか?」
「こんな都合よくパンツなんか見えないって言いたいのか?」
「いえ、さすがにラブコメ教養度ほぼゼロな私でもこの手のお約束があることはわかってますよ」
「じゃあなにが引っかかるんだよ?」
「ヒロインが着けてるんですよ、レースのショーツを」
「ん? それが?」
「ん? それが? じゃなくてっ! だっていなくないですか、レースの下着着てる女子高生なんて」
あー、そういうこと。
「まあフィクションだからな。その手のツッコミは野暮だ」
「しかし、しかしですよ。こんなヒラヒラで、透っけ透けで、しかも黒色ですよ、大胆な黒。もし親が洗濯するときにこんな下着を持ってるのバレたら死ねます。軽く三回は死ねます」
「ちなみにだが……やっぱりリアルでいないものなのか? そういう女子高生」
「それ、創作の参考として質問してます? それとも興味本位で聞いてます? もし後者ならお父さんを半殺しにしたお母さんの血が私に流れていることをお忘れなく」
「もちろん前者です」
即答した。目がマジだった。怖い。
「まあでもライトノベルってのは結局のところエンタメだからな。ラノベだけじゃなくマンガやゲームあらゆるエンタメ作品ってのは手に取ってくれたその人をいかに喜ばせるかって競争してるわけだろ。喜ばせ競争。読者が喜ぶならきわどい下着を見せるサービスシーンも必要だろ」
「道成さんは喜ぶんですか」
「え」
「ですから、喜ぶんですかと聞いています。女の子がレースの下着を着けていると」
「…………」
「都合が悪くなると沈黙しますよね。無駄ですよ。沈黙は肯定と受け取らせてもらいますので」
無駄だった。
さっそく本日気まずいポイント一入りました。
今日は割とフツーに話せていると思ったんだけどな……。
「ただ、一理あるとも思いました」
と、美空はすぐに真面目な顔つきになり、『彼女の友達にも恋しました』の本文ページを開く。
「エンタメは喜ばせ競争、いかに人を喜ばせるか……。やっぱり人気が出るんですか、パンチラみたいにエッチな描写が書ける作家さんって」
「いやまあパンチラ書けるからって必ずしも人気が出るわけじゃないけどな。ただセクシャルな描写書けるのは武器のひとつにはなるよな。最近売れてるラノベはこれアウトだろってかなり攻めた描写も結構あるしな。正直パンチラなんて可愛いもんだよ」
「そ、そうなんですか。私が借りた作品にはあまり過激なものはなかったですが……」
「話題作り的な意味で作家側も結構意識してるんじゃないか。売れなきゃ読まれないし、読まれなければ意味がない」
「売れなければ読まれない、読まれなければ意味がない……。では『彼女の友達にも恋しました』のヒロインがレースの下着なのも、綿密な計算に基づかれたプロの深い深い意図があるということですね」
いやそれは単純に作者の趣味が多分に入ってるだけだと思うけどな……。
改めて美空が持つ『彼女の友達にも恋しました』に目を向ける。そこにはびっしりと付箋が貼られていた。いや『彼女の友達にも恋しました』だけでなくほかのラノベにも同様に。
なんだかんだツッコミながらも熱心に読み込んでたんだな、美空。
「面白かったか、ラブコメラノベ?」
「正直話すと……面白かったです。もちろん好き嫌いはありますし、イラストとかセクシャルなシーンとかでツッコミどころはあるんですが、テーマ自体は割と真面目なものが多くて驚きました。例えば『彼女の友達にも恋しました』だと、いけない恋だとわかっていても関係を持ってしまって、ダメだけど好きになっちゃう気持ちが共感できて、主人公とヒロインとヒロインの友達の三角関係の変化がめまぐるしくて、ハラハラして、楽しめて、どんどん読む手が止まらなくて――って、ごめんなさい。私ひとりで勝手に盛り上がってしまって」
「わかるわかる! 面白い作品読むと語りたくなるよな」
「男性向けとか関係なく一読者として純粋に楽しめました。……ただ、読了後は身が引き締まる思いでもありました」
「身が引き締まる?」
「競争なら、こういう面白い作品たちに勝っていかないと本にはならないんだなって。ラブコメ作りに協力するなら私ももっと懸命にならないと」
美空の頬が緊張で硬くなっていた。
気楽なエンタメの一消費者ではなく、ラブコメ作りの当事者として作品のクオリティにどこまで貢献できるか。そんな真剣さを美空の横顔から感じ取った。
「それで、そちらはどうですか? プロットの進捗具合のほうは?」
「うぐっ、進捗……」
「刀で斬られたみたいな顔しましたね。その反応で上手くいってないのがわかりました」
美空がゴミ箱を一瞥した。ボツになったアイデアメモが大量に捨てられ、いまにも溢れ返りそうになっている。
「プロットの連絡がなかったので心配してましたが……やっぱり思い詰めていましたか」
「申し訳ない。主人公とヒロインの出会いのアイデアがまとまらなくて……」
正味の話、焦っている。
いまは高三の四月下旬。改稿、校正、イラストレーターの選定と制作依頼、そういった後々のスケジュールを計算に入れると、時期的に考えていま取りかかっているこの作品が高校卒業までに作家デビューできる最後のチャンスだ。
夏が終わるまでにプロットは完了。
さらに原稿にも取りかかっておきたいのだが……。
「――パンチラは? パンチラはどうです?」
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