1章⑤ フッたフラれたファミレス会議

 一体どうなってるんだ?

 なんで美空が家の前に?

 てか、どうしてメイド姿?


 すっかり関係が切れたと思っていた美空が突然現れ、数々の疑問符が浮かんだ。

 ひとまず立ち話もあれだからと近場のファミレスに向かうことになった。のだが……。


「…………」


 移動中、美空は一言も喋らない。

 話題を振ってくる素振りもなく、ミニスカートを靡かせながらカツカツと靴音だけを響かせる。


「えーと……」


 無言の空気に耐えられなくて、なんでメイド衣装なのか話題を振ろうとしたが、美空のツンとした仏頂面は喋りかけるなオーラ全開で、結局黙り込むことにした。


 てか、そもそも話しにくいんだよな。美空が俺の後ろに位置取り、わざわざ首を後ろに振り向かなきゃ会話できない。しかも数メートルも間を開けている。

 いやなんだよその距離感は。わざとか。

 だからといって俺が後ろに下がって美空と肩を並べるのは……図々しいよな。

 美空をフッたくせにな。

 そうだ。この距離感はいまの俺と彼女の関係を反映している。フッたフラれた気まずい関係を。

 むかしはこうじゃなかった。


 美空との出会いは、高一の夏だ。

 当時、演劇部に所属してる二年の先輩が一年の俺にある頼み事をしてきた。

「お前、プロの物書き目指してるよな。助っ人として文化祭用の脚本書いてくれよ。今回だけでいいから。頼む。なっ」

 先輩とは中学時代に委員会でお世話になった程度で特に仲が良いわけではなかったが、新人賞の投稿もひと段落ついたし脚本の勉強も兼ねて引き受けることにした。

 演劇部員のひとりが、美空だった。


 綺麗だ、一目見てそう思った。


 第一印象ではまず相手の顔に注目がいきがちだが、俺は彼女の姿勢に目がいった。綺麗なS字を描いた背中は見惚れるほど美しかった。


「わっ。君、猫背ひどいよっ。役者は姿勢が良くないと良い役もらえないんだよ……って、君は脚本家だっけ?」


 それが美空の俺に対する第一声。

 稽古の汗で濡れそぼった髪は艶めいた大人っぽさがあり、でも笑うと人懐っこい年相応のあどけなさを見せ、そのギャップは反則的な可愛さがあった。


「まあ執筆でも姿勢はよくないとね。こっちきて。一緒にストレッチしよ。やり方教えてあげる。こっちこっち」


 当時の美空の俺に対する喋り方はそんな感じだった。男女分け隔てなく友好的で、おかげで女子とろくに会話したことない俺でもあっさりと打ち解けることができた。

 俺が脚本を書いて、美空が役を演じて、やり取りを重ねていくうちに美空との仲も深まっていった。


 でも、それは友達としてだ。


 当然、美空を異性として意識していなかったと言えば嘘になる。

 けど、俺なんかが美空と釣り合うとは思ってなかったし、なにより作家デビューしなきゃと頭がいっぱいで青春を謳歌している余裕なんてなかった。

 だから友達止まりでそれ以上の未来なんてまったく想像できなかった。その未来を選び取る自信だってなかった。


 だが、高二になったばかりの春、奇しくも今日と同じ四月一〇日。

 突然、美空から告白された。


 ――ねえ、階くん。付き合ってよ。


 人生ではじめての告白、それも友達だと思っていた美空からの告白。

 俺にとっては「友達」の時間が、美空にとっては「恋愛」の時間だと知り、これまで互いに積み上げてきた時間の意味合いが変わった。


 驚いた。どうして俺なんだって。

 嬉しかった。他人に好かれる経験なんてなかったから。

 怖くなった。恋愛の楽しさに溺れて創作から逃げ、ほかの作家たちに差をつけられていくのが。


 ――すまん。


 複雑な感情が胸中で渦巻いたが、結論だけ言えば断った。

 砕けた言い方をすれば、フッた。


 恋愛関係にも進めず、かといって元の友達関係にも戻れず、俺と美空は告白を境に気まずくなった。

 以前は即レスだったメッセージのやり取りが一切なくなった。

 学校の廊下ですれ違っても挨拶どころか眼中にすら入れてもらえなくなった。

 学校の行事でどうしても話さなくちゃいけない時があっても美空は俺に対して他人行儀の敬語になった。

 フッたフラれたの気まずい距離感のまま、一ヶ月が経って、半年が経って、一年が経って――そして、いま。

 なんの前触れもなく、美空が俺の前に現れた。


 ――なに考えてんだ……美空のやつ。


 てか、さっきゴミ箱前で原稿抱いている姿見られたよな。

 うわ、恥っず。

 なにやってんだよ俺。テンパってヤケクソになってんじゃねえよ……。


 結局、一言も喋らないままファミレスにたどり着いた。


 迎えた男性店員が「へっ?」と美空のメイド衣装に驚いて目を丸める。だが美空が表情一つ変えずに「二人なんですが」と答えると、男性店員が我に返ったようにテーブル席に案内してくれた。

 注文は俺が山盛りポテト、美空がチョコレートパフェ、そしてそれぞれセットでドリンクバーをつける。注文を取り終えると男性店員は「夜中のファミレスにメイドと二人きりってどういう関係?」なんて聞きたげな顔でチラチラ俺のほうを見ながら去っていった。

 答えはフッたフラれた微妙な関係です。


 再び二人きりになる俺と美空。さすがにこれ以上沈黙が続くと居心地が悪いので、俺は移動中に考えていた台詞を切り出す。


「えっと、こうして会って話すのは久しぶりだな、み……美空」


 下の名前で呼んで……いいよな? さっきつい反射的に美空って呼んじゃったし、いまさら冬城さんって呼ぶのは変だもんな。


「急にメイド姿で現れたから驚いたよ。なんでメイドに……ん?」


 目を合わせて話そうと顔を上げ、だが正面の席に美空がいなかった。なぜか俺から見て左斜め向かい、長椅子の奥側に腰掛けていた。

 ここ、四人掛けテーブル席だけど、一対一なんだから普通は正面になるよう座るよな……。

 あ、もしかして、店員呼び出しボタンが席の奥側にあるからそっちに座ったのか。納得納得。

 そこで俺は美空の正面となるように奥側に座り直す。

 と、今度は美空が手前側に座り直す。


「んん?」


 首を傾げる。再び斜め向かいの位置関係。微妙な距離感。

 ならばと俺は追跡するように手前側にスッと移動し、すると次は美空が避けるように奥側にスッと移動する。

 こいつ、もしかして……。


「おい」

「なんですか」


 何食わぬ顔。

 わざとだなこの野郎、と俺は再び奥側に。

 だが負けじと美空が手前側に。

 奥に、手前に。

 左に、右に。

 右、左。左、右。

 スッ、スッ。スッ、スッ――。


「……はあ、はあ。いやなにやってんだよお前。お互い反復横跳びみたいになってんぞ」

「……はあ、はあ。ドリンクバー取りに行こうとして、いったんやめて、やっぱ取りに行こうとして、やっぱやめただけです」

「嘘つけ。俺と正面で話すの避けてんだろ」

「別に斜め向かいでも喋ること自体はできるからいいじゃないですか。しつこい男」

「しつこ……!? しばらく喋らないうちに毒舌になってないかお前。献身的で礼儀正しいメイドキャラじゃないのかよ」

「メイドの格好をしているのはたまたまです。というか、微妙な距離感なんていまさらですよ。私達はずっとこんな感じだったじゃないですか。でしょう? 


 俺は下の名前で呼んだのに、美空は壁を作るように名字で呼ぶ。

 フッたことに対する当てつけだろうか。

 物理的な距離だけじゃなく精神的な距離も離れてるって暗に言いたいのだろうか。

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