1章④ メイドな彼女
【自分の趣味で書いた小説がまさかアニメになると思っていませんでした。夢のある業界ですね! 作者:阿藤天】
「趣味……」
え。
え、え、趣味?
プロになれるのは、努力した結果じゃないの?
少なくとも俺にとって物を書くことは努力だぞ。激しい競争の中で、ひたすら汗掻いて努力して、汗掻いた分だけ競争相手より前に出れて……。
なのに趣味?
この人にとって書くことは趣味?
趣味って、ただ楽しんでやるあれか? 世間とか他人とか関係なく自分が好き好んでやってるあれのこと言ってんの?
趣味で書いて、バカバカ売れて、アニメにまでなって……。
あ。
やばい。
この感覚はよくない。ダメだ。ダメだダメだダメだ……っ。
「――――ッ!」
俺は適当にラブコメ作品を数冊手に取ってレジで精算し、すぐさま逃げるように本屋を後にした。
陽はとうに沈み、辺りには溺れそうなほど暗い夜が広がっていた。
次の瞬間、駆け出していた。
無性に叫び出したい気持ちとともに闇の中を一心不乱に走った。
これからどうすりゃいいんだ。
俺が書く作品は『七拾弐番隊』のようにはなれなかった。
かといってラブコメを書く方向性にシフトしても、既存のラブコメ作品を抜きんでるものを書けるかどうかは怪しい。
そもそもラブコメを完成させられるかもわからない。ただの一度も書いたことないジャンルなんだから。
わからない。わからない。わからない……。
アスファルトを靴底で叩くようにしてがむしゃらに夜を突っ切った。
嫉妬と敗北感でズタズタに引き裂かれた心の痛みを、肺の痛みで覆い隠すような自棄的な走り方だった。
もはやどこをどういう風に走ったのか記憶は定かではなかった。それでも両足は帰巣本能に従って木造二階建てボロアパート前にたどり着いていた。
「ハァ、ハァ……」
ひどい息切れとともにどさっと地に尻をつく。その勢いで右肩にかけたトートバッグがずり落ち、中に入っていた原稿の束がこぼれ出た。
ボツ原稿。それは言うならば通用しなかった全力の塊――。
ふと視線を横に滑らすと、自販機横にある大きく口を開けたゴミ箱があった。
原稿、ゴミ箱、原稿、ゴミ箱、原稿、ゴミ箱――。
視線を往復して、刹那、最悪な結末を実行している自分の姿が浮かんだ。
ぎょっとする。
全身を巡る血液が凝固する。
いや、いやいや、なに考えてるんだ俺は。
衝動的にくしゃりと原稿を摑む。
腹の中に抱え込む。
ダメだ。ダメだダメだ。
大事だろ。大事にしろよ。
俺の全力だろ。俺の価値観で、技術の結晶で、磨き上げたスタイルで、自分のことを想ってくれる大事な人を傷つけてまで書いたもので……。
だが最悪な想像は加速していく。
数分後、いや数秒後、大事な原稿をゴ――。
「――なにやってるんですか、自分の家の前で」
ふと、声がした。
風鈴を鳴らしたような綺麗な響きで、距離があってもしっかりと耳に届く訓練された声。
顔を上げた。
壊れかけて明滅する街灯の下――メイドがいた。
――……メイド? なんでメイド!?
いま一度しっかりと目を凝らす。
量販店で買ったようなテカテカした生地の安っぽいエプロンと短めのフリルスカート。
そんなメイド衣装をまとった人物はすっと定規を引いたように細い眉に、睫毛は長くクールさを感じさせ、春の夜風がさっーと吹くと濡れ感のあるロングヘアが揺れた。
「お前は……」
メイドというだけでも十分驚いたのに、その人物の正体にさらなる驚きが広がった。
「そっちこそ、人の家の前でなんでメイド姿なんだよ……美空」
突如現れた美少女メイドの正体は、一年前にフッた相手だった。
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