1章➂ 非才と天才

 編集部を出て、自宅に帰る途中で本屋に立ち寄った。


 小さい頃、本屋が好きだった。

 タイトルをひとつひとつ眺めていってどんな物語なのだろうと想像に耽っては何時間も過ごすほどに。

 しかしいま、本屋が好きかと問われると素直に首を振れない自分がいた。


《累計一〇〇万部突破!》

《ドラマ化決定!》

《大ヒット映画公開中!》


 華々しいオビが目に飛び込んでくる度に、敗北感に近い圧倒を覚えた。


 ――本の数だけプロがいる。ここにある一冊一冊がすべてライバル。

 こんなにも競争相手がいるのに本当にプロになれんのか、俺……?


 端的に言えば打ちのめされるようになった。

 本屋という戦場でプロ作家たちがひしめき合いっている中、秀でた才能も人生経験も浅いガキが戦いになるのかって。


 新刊ラノベコーナーに着くと、平台にラブコメ系タイトルが席巻していた。


『お兄ちゃん、彼女できたの? ところで妹のわたしと内緒で付き合わない?』

『クラスの真面目委員長、実は裏アカ女子。そんな彼女とのラブコメ』

『ヤらせてくれるギャルビッチと噂の中津さん、実は純情』


 ――多いな、ラブコメ……。

 わかっちゃいたが、実際に目の当たりにすると想像以上に勢いを感じる。

 このラブコメ戦争に参戦して勝てるのか? 俺なんかが作るヒロインで……。

 

 あくまで私見だが、物語の分類は大きく分けて二種類あると思っている。

 それが〝キャラもの〟と〝ストーリーもの〟だ。


 では、〝ストーリーもの〟とはなにか。

 骨太なテーマ性や訴えたいメッセージ性を中心にドラマを展開していくタイプの作品だ。また、緻密に伏線を張り巡らせてあっと驚かせる作品もこちらに分類する。要はストーリーがウリとなる作品とも言える。


 では、〝キャラもの〟とはなにか。

 主人公やヒロインなどキャラクターの魅力を存分に表現することを最優先とし、テーマや世界観はあくまでキャラを支えする土台であるというタイプの作品。キャラ至上主義。キャラが最大限活きるためのストーリー構成を取る。


 もっと簡潔に言うならこうだ。


 伝えたいストーリーのためにキャラを動かすのが〝ストーリーもの〟。

 魅せたいキャラのためにストーリーが構築されているのが〝キャラもの〟。


 もちろん、ストーリーとキャラは区別するものではなく、ストーリーがキャラを魅力的にし、キャラがストーリーを引っ張る、ストーリーとキャラの両輪で物語が進んでいく、という意見もあるだろう。それは間違いじゃない。

 だが、比重はある。紙幅をキャラ描写が占めているならやはり〝キャラもの〟と言えるし、ストーリー性が占めているのなら〝ストーリーもの〟と言える。


 で、ここからが本題――ラノベでウケるのは〝ストーリーもの〟か〝キャラもの〟か。


 これはチャラ担も言っていたが、ラノベはやっぱりキャラだ。

 いや、キャラが重要視されるのは昨今ラノベだけに限った話じゃない。アニメ、マンガ、ライト文芸、美少女ゲーム、ソーシャルゲーム、Ⅴtuber、あらゆるコンテンツで人気キャラクターの創出が求められる。キャラ人気はビジネスに直結するからだ。


 一方で俺の作風は〝ストーリーもの〟だ。


 俺は敬愛する作家たちの影響を受けてきた。既存の価値観を揺さぶるような硬派なテーマ性、スイス式時計のような精巧に計算されたストーリー構成、そういった作風に。


 けれど、〝ストーリーもの〟じゃ通用しない。

 いまのご時世、〝キャラもの〟じゃないと通用しない。


 だからチャラ担はラブコメを薦めたんだ。

 流行という意味合いもあるが、ラブコメなら可愛いヒロインをウリにするのは絶対。強制的に〝キャラもの〟の作り方に頭を切り替えさせられる。

 それはこれまで通用しなかったストーリー重視の作り方を捨て、キャラ重視の新しい作り方を模索すること。〝ストーリーもの〟から〝キャラもの〟への転換、その挑戦。

 チャラ担は一見ヘラヘラしているが、瞳の奥でしたたかに計算していて無意味なことは決して言わない。

 いま思えばあのチャラい雰囲気もある種の処世術かもな。作家の不満や反発をヘラヘラ笑って受け流しつつ、その作家自身が気づいていない可能性を示唆し売れるほうに誘導させる。


「まあ、売れる見込みがないと出版不況なんて時代に本なんか出させてくれないよな」


 平台から適当にラブコメラノベを手に取る。売れ線を狙ったタイトル、どれも似たようなあらすじ……。

 いや、わかってる。

 ここに並んでいる本たちは、本が売れない時代にそれでも世に出た作品たちだ。激しい競争を勝ち抜いてきたプロ作家たちの本なんだ。

 世間が求めているものと自分が書きたいもののせめぎ合いの中で、作者が心血注いで作り上げたものなんだ。

 そんなことはわかってる。

 わかってるんだけど……なんだろうな、この胸の中にあるわだかまりは。


「はあ……俺の作風で勝負できる時代じゃないってことか。時代が変わるまではどうしようもなくて――」


 ため息まじりにぼやいて、そこで視界の端にある映像が過ぎった。つい意識がそちらに向く。


「あれは、阿藤先生の……『七拾弐番隊ななじゅうにばんたい』」


 メディアミックスコーナーとして専用棚が作られた中心には小型モニターが設置されていて、『七拾弐番隊』のプロモーション映像が流れていた。


 阿藤天(あとうてん)。第二十五回火炎文庫新人賞大賞受賞者。

 受賞作の『七拾弐番隊』シリーズは累計発行部数五〇万部超えのベストセラー。

 レーベル史上デビュー最速でアニメ化が決定し、いまや火炎文庫の看板タイトルのひとつだ。

 内容はハードな戦争もの。緻密に作り上げられたSF世界観は奥深く考察しがいがあり、命の重さ軽さを一般兵の少年と一国の王女を通して語られていく重厚なストーリー。派手なロボットアクションというエンタメ性も担保しつつ、メッセージ性が高い作品で――。


「あ」


 そこで、目を剥く。


「あ、あ」


 ある事実に気づき、声が震える。


「〝ストーリーもの〟じゃ通用しない?」


 違う。


「俺の作風で勝負できる時代じゃない?」


 それも違う。


「時代が変わるまでどうしようもない?」


 違う。違う。違う。

 だって売れてんじゃん。


『七拾弐番隊』は〝ストーリーもの〟なのに成功してるじゃないか。


 確かに主人公とヒロインの切ない恋愛模様というキャラ描写にも力は入っているが、本作のウリはキャラではない。ハードな世界観と命の重さを扱ったメッセージ性だ。

 流行のラブコメ作品群に埋もれることなく、『七拾弐番隊』は作品そのものが放つ魅力で燦然と輝いている。


「流行のせい、世間のせい、時代のせい……俺は無意識のうちに外側に問題を転嫁していた? そうすれば自分の実力不足に目を向けなくていいから……」


 ガツン、と頭をカチ割られたようなショックだった。


「――〝ストーリーもの〟だから通用しないんじゃない。んだ」


 俺と阿藤天が投稿したのは実は同じ火炎文庫新人賞の第二十五回。

 ウェブで選考通過タイトルが発表される日、心臓をバクバク言わせながらウェブページを開くと、阿藤天の名前がでかでかと載り、俺の名前が残っていなかった。


 阿藤天は大賞をもぎ取り、俺は落選した。


 腹の底が焼けるほど悔しかった。

 だからこの一年、なにを犠牲にしてでもやらなきゃと必死に書いてきた。


 それでも差はちっとも縮まらない。


 屍となった俺の原稿とベストセラーとして本屋に並ぶ『七拾弐番隊』。

 時代? 流行? んなもん関係ねえよ。そう暴力的なまでに純粋に作品の力で業界を捩じ伏せ新しい領域を切り拓く実力が阿藤天にはある。

 いまの俺には、ない。


 ひとり打ちのめされたようにプロモーション映像を見ていると、最後に作者コメントが流れた。


 それは、とどめを刺すような一文だった。

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