短編集 鎮守神ケミとイナの茶飲み話

千葉の古猫

第1話「丑の刻参り、藁人形」

「鎮守神ケミとイナの茶飲み話」

            千葉の古猫



短編その一

丑の刻参りうしのこくまいり、藁人形」


 この物語の主人公?は、地元の氏子うじこたちから鎮守神ちんじゅがみもくされる、検見山神社およびその周辺の民を管轄する神様ケミヤマである。


 ケミヤマの親友または盟友のイナカミは、検見山神社からそう遠くはない、稲髪いなかみ神社およびその周辺の民を管轄する神様である。


 サクラノは、麻倉神社およびその周辺の民を管轄する女神様だ。


 検見山神社は千葉県の千葉市西方にあり、稲髪神社は千葉市中央よりやや西に位置しているので、検見山から見ると東側にある。

 また、麻倉神社は稲髪神社よりさらに東に位置しており、千葉市中心部に近い。


 これらの神社に、人によって祀られている神と彼らは異なる存在であるが、それはさほど重要ではない。


 まあぶっちゃけ、イワシの頭も信心からという言葉があるように、氏子が彼らを信じて何か願い事をすれば、叶うこともあるし、叶わないこともあるが、神に願い事をするだけで、その者の心は落ち着くのであろう。

 とは言え、彼ら鎮守神たちは、気が向けば、実際に願い事を叶える為のかなりの力を有している。

 有してはいるが、無闇にその力を使うことはない。

 まずはその者の行動によって、願いの成就する方向へ誘導することが殆どである。

 また、その願い事が彼らの気に沿わないものであれば、当然のごとく無視されるのだ。

 また興味を引かない願い事も同じく無視される傾向が高い。

 とにかく、願い事が叶うか叶わないかは、神の気まぐれによる。

 彼らが関与しなくても、偶然に叶うこともあるし、関与しても必然に叶わないこともある。

 世の中とはそういうものである。




「ケミさんや、どうだい最近おもしろいことがあったかい」

 イナカミは、ケミヤマが入れた茶をすすりながら、そう話を振った。


 ここは、ケミヤマ神社の奥の院である。

 普段 神職しんしょくがここに居ることは少ないが、もし居たとしても、神の空間は平行空間にあるので、人である神職からは神たちの姿は見えない。

 一方神たちは、邪魔で見たくないものは見えないようにしている。

 神だからその辺のコントロールはどうとでもなる。


 ケミヤマは、イナカミが持って来た菓子をほうばりながらイナカミの話に応じる。

「特段、おもしろいことはないな。

 イナちゃんの方では何かあったかい」


 イナカミも自分でも持って来た和菓子を口に入れ、少し噛んでごくんと飲み込んでから答える。

「そうだな、この前の夜中、うちのご神木しんぼくに藁人形を持って、五寸釘で打ち付けようとしたヤツがいたな」


「そりゃ、また迷惑な奴だな、今どきそんなことをやる奴がいるとは。

 それでイナちゃん、どう対応したんだい」


「その場で眠らせて、夢を見せた」


「ほお、どんな夢を」


「藁人形に釘を打ち込んだ箇所が痛みだす夢だな」


「それは相手じゃなくて、本人の身体かい」


「そりゃそうさ、のろいを成就じょうじゅさせたら、うちの神社は呪いが叶うと、悪い噂が立ち、また木が傷つけられる」


「ああ、確かにな、ばかな氏子が増えると、こちとら迷惑千万だからな。

 それでそいつは藁人形は諦めたのかい」


「いや、その日は帰って行ったが、次の週にまた夜中にやって来た」


「今度はどうしたんだい」


「夢だけで勘弁してやったのに、またやろうとするもんだから、釘を打ち込んだ瞬間に激痛を与えてやったぜ」


「ほお、で、どうなった」

 ケミヤマはそう訊きながら、茶を啜る。


「どうもこうも、それっきりさ」

 菓子を口に入れる前に、イナカミはそう答えた。


「あきらめたってことか」


「だな」


「何でそんな悪い風習ができたんだか」と、ケミヤマ。


「京都の貴船きふね神社の橋姫はしひめ伝説からじゃないかねえ」


「ああ、あれか、何でも嵯峨さが天皇の時代とか、古いね」


「古いことで、俺も忘れてしまったから、うちの秘書(使い魔)に調べさせたのさ」

 イナカミは、そんなことを言った。

 神でも興味のないことは忘れてしまうようだ。


「ほお、おまえのとこの秘書さんは、古い記録で調べたのかい」

 古文書で調べるのは、たいそう難儀なことだろうと、ケミヤマは考えた。


「いや、ネットで調べたそうだ」

 事もなげに、イナカミはそう答えた。


 時代は常に新しくなっている。


「ほお、ネットか」


「それでな、秘書が言うには、藁人形の起源についてネットで調べていたら、最近、松戸でおもしろい事件があったそうだ」


「ほお、どんな」

 ケミヤマは身を乗り出した。


「何でも去年の6月に、七〇過ぎの男が、松戸の神社数カ所で、藁人形を御神木に打ち付けて逮捕されたらしい」


「ほお、その容疑は」


「建造物侵入と器物損壊だ」


「なるほど、人の法律だとそんなところかね」


「ま、そうだな」


「で、その男は誰を呪おうとしたんだい」


「それがさ、ロシアのプーチン大統領だったのさ」


「そりゃまた、遠くの人を呪ったね。

 で、どんなやり方をしたんだい」


「ロシアのプーチン大統領の顔写真と『ウラジーミル・プーチン 1952年10月7日生まれ、70才、抹殺 祈願』と書いた紙片を貼った藁人形を打ち付けたようだ」


「ほお、逮捕されたのが去年の6月、で、そいつはいつ頃藁人形を打ち付けたんだい」


「ゴールデンウイーク明けにやったらしい」


「プーチンはまだ元気そうじゃないか」


「まあ、表に出ているのは影武者だからな」


「いや、本人もまだ生きているようだな」

 ケミヤマは、ちょっと額に指を当ててからそう言った。


 神だけに、きちんとイメージできてる人物なら、今生きてるかどうかくらいはすぐ分かるのだ。


 イナカミも同じように、額に指を当ててから答えた。

「大病を患ってるようだが、確かにまだ生きてるな」


「松戸管轄の神様も、呪いは受け入れなかったってことか」


「遠い国のことだからな、こっちで手を出したら、ロシアの方の神様が怒るんじゃないか」


「まあそうだな、管轄外だからな」


「ひとの縄張りで余計なことしたら、意趣返しされかねん」


「そりゃそうだな」


「そうさ。

 邪魔したね、今日はもう帰るよ」


「おう、またな」


 稲髪神社のイナカミは、そう言うと、煙のように消え去った。


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