第6話 海に落ちた指輪

 篠崎朋恵しのざきともえさんは、新婚さんである。


 新入社員の時、大きな荷物を持って、社内で道に迷って途方に暮れていたら、男の人が助けてくれた。目的地までわざわざ案内してくれたのだ。その上荷物まで持ってくれたので、彼女は恐縮して後をついていったのだった。

 彼女は、その男の人を好きになった。

 しかし、彼は誰にでも優しく、皆から頼られてる、社内一のモテ男であった。

 朋恵ともえさんは、地味でポッチャリ系であったので、自分など到底相手にして貰えないだろうと、ひっそりと独りで想いを寄せているだけだった。

 ところが、付き合って欲しいと言ってきたのは、彼の方からだった。

 それで、お付き合いをして、ついには結婚したのだった。

 彼女は、結婚式に合わせてダイエットをしていた。

 それが悪かったのだろうか。

 新婚旅行は、国内の海の近くの景勝地だった。二人で波打ち際を歩いている時に、左手にしてるはずの結婚指輪が無くなっていた。

 海沿いを歩いている時に失くしたのは、分かっていたので二人は、必死で探した。しかし、いくら探しても見つからなかった。波にさらわれて海の中に引きずり込まれたのなら探しようがない。

 朋恵ともえさんは、彼に泣いて謝った。彼は、笑って、お金がたまったらまた買ってあげると言ってくれた。


 その一週間後に彼は死んだ。会社からの帰宅中に、飲酒運転の車に跳ねられたのだった。

 彼女は嘆き悲しんだ。そして、今となっては、彼の唯一の形見は、あの失くした結婚指輪だけだ。どうしても探し出したかった。

 そんな時、何でも探し出す何でも屋の噂を聞き、その何でも屋さんに指輪を探して欲しいと依頼をした。

 すると、見事、指輪を探し出して来たのだ。


  私は、この話をSNSで見つけた時、その超人的何でも屋は、矢野と言う名前で、近隣の市に居ると言うので、取材させて貰うことにした。

 一月ぐらい前に取材の申し込みをして、今日、商店街の喫茶店で待ち合わせしている。

 何でも屋さんを待ちながら、喫茶店の二階の窓から外を眺めていると、向かいの商店街のお店が並ぶ前を人が行き交っている。

 私は、ついつい昨日の死神を思い出してしまいじっと考え込んでしまう。

 気配を感じて振り向くとギョッとした、すぐ横に男が立っていた。 


「アアアすすすみません」

 慌てた様に男が言った。


「何を謝ってるんですか」

「いや、顔が怖いから、いえ怖い顔をしてるから、いえ、どっちだ」

 どうやら私は考え事をしていて外を睨み付けていたらしい。


「あの、矢野さんですか、いつからそこに」

「あっ、すいません10分ぐらい前から、声を掛けようと思ったら顔があまりに怖くて」

 

 何でも屋の矢野さんは、おどおどした華奢な男だった。少し失礼だけど。


 この人があんな超人的な事ができるのか?


 矢野さんの仕事は、最近では特殊清掃が多いらしい。

 それは、孤独死した老人の部屋の片付けとか、ごみ屋敷の清掃とかである。

 

 海に落ちた指輪をどうやって見つけたのか質問してみた。

「いえいえ、あれは僕ではないです。知り合いが、探し物が上手な人を知っていると言うのでその人を紹介してもらったんで」

「実は、指輪探しの前に別の探し物の仕事があったんです」

「ある女の子が飼っていた小鳥が逃げ出した事がありまして、一月しても見つからなくて、その子は心配のあまり泣いては、ふさぎ込むようになって、その時たまたま小鳥探しを頼んできたのが何でも屋の僕でして」

「僕には到底できないと断ったのですが、知り合いに女の子の事を話すと、探し物が上手な人がいると言うのでじゃあと言う事で頼んで貰ったら、その日の内にその小鳥を見付けてきて」

「篠崎さんは、その話を聞いて僕に頼んできたんですけど、絶対無理だと思ったんですけど、その知り合いに可哀想な篠崎さんの事を話したら、また探してくれるように頼んでくれて、そしたら、3日ぐらいで見付けて、もうビックリですわ」


 やっぱり、この人じゃなかった。


「すいません、その方を紹介してもらえませんか」

「はい、あっでも、その本人は僕も知らないので、僕の知り合いなら知ってると思うので、そっちで良いなら」

「はい、それでお願いできますか」

「それなら、すぐそこ・・」

 私は、矢野さんが話し終わる前に、勢い良く椅子から立ち上がった。

 視界の中にある物が目に止まった。

 窓の外、向かいのお店とお店の間の路地からあのバケット帽もじゃ髪の写真の男が出てきたのだ。

 あいつだ。

 今度こそ、逃がしはしない。


「すいません、そこの連絡先はメールしてください」

 そう言うと、伝票を鷲掴みにして席を飛び出した。

 レジの所に来たはいいが、誰もいない。「すいません」と声をかけるが誰も出て来ない。

 見ると、奥の方に女の子が給仕をしてる。大声で「すいません、お勘定」と叫ぶと女の子がこっちを見た。店の中の客も一斉にこっちを見た。

 

 やっと会計を済ませると、階段をかけ降り、通りに飛び出した。

 男が歩いて行った方を走って追いかけて行った。

 見つからない。途中で幾つも横に抜ける路地があった。そこに入ったかも知れない。ついには、商店街を抜けて、五叉路に出た。どっちに行ったのか、そこで完全に見失った。

「くそっ」

 私は、女の子らしくない言葉をはいて、悔しがった。

 

 

 

 

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