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 その日から、知也と幽霊の家庭教師の受験勉強が始まった。最初は抵抗していたが、徐々に慣れてきた。いつも幽霊の家庭教師がいるわけではなく、寝る時間になるといなくなる。


 夏休みが始まった頃の知也は、わからない所だらけだった。だが、幽霊の家庭教師の指導によって徐々にわかるようになってきた。知也もその効果に徐々に気づき始めた。だが、合格するためにはまだまだ足りないと思っていた。みんなはもっと頑張っているかもしれない。ならば、自分ももっと頑張らないといけない。受験は競争だ。同じ共進学園を志望する生徒には負けられない。


 思えば、夏休みに入ってもう数週間も外に出ていない。外で遊びたい気持ちはあるけど、高校受験だ。勉強に集中しなければ、共進学園に合格できないだろう。必ず合格して、みんなに褒めてもらうんだ。


 幽霊の家庭教師も一生懸命な知也の姿に、親近感がわいてきた。どうしてだろう。家庭教師としてこの家に来たのに、愛が芽生えてしまうなんて。だが、私は幽霊だ。結ばれないまま、この受験が終わったら、いなくならなければならない。


 知也は、1日3食とおやつ、お風呂以外は、朝から夜まで机に座って受験勉強をしている。とても真剣な目だ。幽霊の家庭教師も応援したくなってくる。


 夏休みになると、知也は夜になるとテレビゲームをするのが日課になっていた。だが、サッカー部に入ると、夜しか遊ばなくなった。だが、高校受験になった今年の夏は、全くテレビゲームをしていない。テレビゲームは合格するまで禁止だ。共進学園に合格したら、再びテレビゲームをやろう。


 夏休みも終わりに近づいてきた頃には、見違えるほどに進みが良くなった。幽霊の家庭教師もそんな知也の姿にほれぼれした。


 そんなある日の事だ。今日も朝からセミの音が聞こえるが、徐々に秋の気配もしてきた。知也は見ていないが、すでに全国高校野球選手権大会は終わった。知也は毎年、今年はどこが優勝したんだろうと気になっていた。だが、受験勉強の今年は全く気にしていない。


 今日も知也は朝から受験勉強をしていて、その横には幽霊の家庭教師がいる。いつもの光景だが、他の人には普通ではない。幽霊だからだ。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何?」


 幽霊の家庭教師は驚いた。突然、何だろう。まだまだ分からないことがあるんだろうか? 勉強は順調っぽいのに。


「生前はどんな名前だったの?」

「奈美恵(なみえ)」


 幽霊の名前は奈美恵らしい。おそらく、生前の名前だろう。


「いい名前だね。でも、どうして幽霊になったの?」

「私、教員になりたかったの。だけど、教員になる直前に交通事故で亡くなったの」


 奈美恵はもともと、教員になりたかったらしい。大学生になり、教員になるための勉強をしていき、教員採用試験に合格した。いよいよ春から教員になれると思っていたその矢先、交通事故で死んだという。誰かを教えたいという一心から、幽霊となって知也を教えているそうだ。その話を聞いて、知也は呆然となった。教員になりたかったのに、夢がかなう直前に交通事故で死亡なんて。あまりにもかわいそうだ。


「そうなんだ。死んだ時は辛かった?」

「うん。夢がかなわないまま、死んだもん」


 奈美恵は泣きそうになった。その時の事を思い出すと、今でも涙が出てしまう。知也は肩を叩き、慰めようとするが、奈美恵は泣き止まない。


「そっか。だから、誰かを教えたいって気持ちで、ここに来たんだ」

「うん」


 知也は決意した。奈美恵は誰かを教えたいという思いで、ここにやって来た。だから、自分はそれにこたえなければならない。その答えは、共進学園に合格する事だ。絶対見ててね。君のために頑張って、共進学園に合格してみせるから。


「じゃあ、君のために、頑張らなくっちゃ」

「ありがとう」


 と、奈美恵は壁に飾ってあるサッカー選手のポスターが目に入った。この子はサッカーが好きなんだろうか? もしかして、中学校はサッカー部だったんだろうか?


「君、サッカーが好きなの?」

「うん。レギュラーじゃなかったけど、中学校はサッカー部だったんだ」


 知也は少し照れた。腕はまずまずで、スタメンではなかったものの、一生懸命練習にはぐみ、努力できた。中学校のサッカー生活で悔いはない。高校でも頑張っていかなければ。


「そうなんだ。専願の高校、サッカーの強い所?」

「ううん。でも、ここに進めと先生に言われたから」


 共進学園はサッカーが決して強い所ではない。だが近年、スポーツにも力を入れていて、サッカー部が年々力をつけているという。


「そっか。頑張らなくっちゃね」

「うん。私、サッカーに興味はなかったけど、Jリーグができて、日本代表がワールドカップに出場するようになってから好きになったわ」


 奈美恵は当初、サッカーには全く興味がなかった。1993年にJリーグが開幕してしばらくは、好きになったものの、次第に元の野球好きになった。だが、1998年に日本がワールドカップに初出場してからサッカーが好きになったという。そして、2002年の日韓共催のワールドカップはとても興奮したそうで、特にチュニジア戦に快勝して決勝トーナメントに進出した時は、とても興奮したそうだ。


「そうなんだ」

「知也くんがプロで活躍する姿、見たいな」


 奈美恵は、知也がプロのサッカー選手で活躍する姿を見たいと思った。将来、どんなチームに入るんだろう。楽しみだなあ。


「いやいや、僕はプロになれないって。ただ、普通の会社に就職して、普通の男になりたいんだ」

「そっか。プロなんて無理だと思ってるんだ。裕福な生活を送れるのにな」


 知也は感じていた。自分はプロにも届かない実力だ。キャプテンなら届きそうだが、自分はそれに及ばない。


「いやいや。それよりも普通に生活できたらいいと思ってるよ」

「ふーん。私、知也くんがプロで活躍するのを思い浮かべたんだけどな」


 それに、知也はプロになりたいと思っていなかった。ごく平凡な会社に就職し、普通の幸せな家庭を築きたい。


「いやいや、それほどの実力はないよ」

「さて、勉強を再開しないと」


 知也は再び勉強を始めた。雑談はここまでだ。これからは本気になって、頑張っていかないと。怠けてたら、みんなに負けてしまう。


「頑張らなくっちゃね」

「うん」


 奈美恵も応援している。知也は徐々に勉強が良くなってきている。これは期待できそうだな。


 と、そこに麻里子がやって来た。だが、奈美恵の姿は麻里子には見えない。麻里子はアイスを持っている。休憩のためのアイスと思われる。


「何を話してるの?」

「な、何でもないよ」


 知也は戸惑っている。奈美恵という家庭教師の存在は誰にも秘密だ。この関係は、誰にも言わないようにしよう。


「本当?」

「うん。じゃあ、いいけど。最近独り言が多いから」


 最近、麻里子は気になっていた。夏休みに入って知也は独り言が増えた。何かが変だな。一体何だろう。気持ちがおかしくなっているんだろうか?


「本当に大丈夫だから」

「そう。きっと受験だからイライラしてるのね」


 麻里子は思った。受験だから心がイライラしていて、独り言が増えたのだな。そんな時はアイスを食べて、気持ちを落ち着かせて。


「たぶんそう」

「ふーん、よかった。じゃあね」


 麻里子は部屋を出ていった。2人はその様子をじっと見ている。これが知也の母なのか。可愛いな。

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