第6話 はじめに⑥ ここを掃き溜めとする

友達は少なく、恋人もおらず、当然社交的でもなく、うっかりすると一人になりたがる。一人で暮らし、一人で旅行に行き、一人で外食をし、理不尽なトラブルに見舞われても、涙が出るほど嬉しいことがあっても、高熱でぶっ倒れた時も、やはり一人である。


独身比率は年を追うごとに高くなり、今時一人で外食なんて当たり前だし、一人旅なんて珍しくもなんともないらしい。がしかし、周囲を見渡してみれば、独身の友人より結婚した友人の方が圧倒的に多いし、街へ繰り出してみれば、誰かと寄り添って歩いている人々の割合の方が明らかに高い。


お国の偉い方々は、どうにかして独身比率を下げよう、出生率を上げよう、と本気を出し始めたようだが、国民は「こうなるであろうことは薄々分かっていたくせに何をいまさら」と冷ややかに静観するという、もはやこの国おなじみのルーティンが繰り広げられている。


「俺はまだ本気を出していない」と言って良いのは未来のサクセスが約束されているヒーローだけであり、私を含めたその他大勢の凡人と、それら凡人達の生命線を握っている政府関係者は最初から本気を出さなければ、あっという間に取り返しのつかないことになる。


この私がすでに、「政府はあらゆる策を講じているが、たぶん、私は一人で生きていく」と思っており、政府にとっては取り返しのつかない人間が生まれてしまっているのだから、間違いない。


取り返しのつかない人間である私は、「今のところ一人で問題ない」と本気で思っているが、そう思っている私でもさすがに目の前にいる人間相手に、一人でも全然平気だよ、とは口に出して言わない。痛々しいと思われることも、正直言って癪に障る。一人よりは二人の方が楽しいことも多いだろうし心強いと思っているのは確かなので、ご縁があれば誰かと共に人生を歩きたいとは思う。


何せ「一人で問題ない」と言っている奴に限って、老いた時に「やっぱり一人じゃどうにもならん」と言って頭を地べたに擦り付け行政に慈悲を乞う様が、己に降りかかる未来として容易に想像できるからだ。


だがしかし、「この先私を支えてくれる誰かがいる」という淡い期待を胸に、隣に誰かいるという前提で人生設計を立てたにもかかわらず、どうやら誰も支えてくれそうにないという現実を60歳あたりで目の当たりにしたら、さすがの私でさえ腰が砕けて立ち上がれないまま失意の中で死んでしまうという危険性もある。


正直、いつ現れるか分からない、むしろ永遠に幻のままである可能性も否定できないパートナーのことを想ってじたばたするより、老後一人で生きる前提で人生設計を立て、人様に迷惑をかけないようプランを練ることのほうが有意義であるとすら思っている。


で、私の場合はそれを口にしなくても、おそらくその心意気が体のあちこちから漏れ出てしまっているのだろう。あいつは一人でも大丈夫そうだ、放っておこう。そんな声が方々から聞こえてくるのである。


思い返してみれば小学生の頃から、「一人の方がいいんでしょ?」とあきれたように言われることも何度かあったので、最終的に人々が去っていってしまう不毛の地的要素が私にはあるのだろう。


しかしここまで腹をくくっていれば、万が一誰かがパートナーになってくれたあかつきには、「棚からぼたもち!!」「神様仏様!!」とばかりに相手をわっしょいわっしょいできる可能性が高いし、普段感情を表に出すことが苦手な私ですら、子犬よろしく俄然しっぽを振って相手にむしゃぶりつくことができる気もする。


ただ、何度も言うが、そんなことを口に出そうものなら、憐憫のまなざしを向けられた挙句いらぬ慰めを受けるだけなので、今まで私は決して口にしてこなかった。慰めを受けるだけならまだしも、年老いた親が泣き出すかもしれないという地獄すら見え隠れしている。


そんな私のどこにも行き場のない独り者のエピソードを綴ったのがこれである。若い乙女が笑っていいのかどうか困るともっぱらの評判のエピソードをこの掃き溜めに捨てていくので、よろしければ拾い上げてやって欲しい。


そして皆さん、安心してください。


ここでは、友達や家族、パートナーとキャッキャウフフと言いながら誰もが羨む生活をしている女は一切出てきません。友達いないだの、恋人いないだのと言っておきながら、SNSに友達や同僚との楽しそうな画像をアップして、話が違うじゃねえかとあなたをモヤっとした気持ちにさせることも一切ありません。


独り者にやさしいとは言えない現代ニッポンで、人々のもの問いたげな視線をかわしながら一人で黙々と、しかしそれなりに愉快に楽しく充実した生活を営む女が出てくるだけです(過去に誰々とああしたこうしたという話は時々出てくるが、それくらいは許してほしい)。


こういう奴もいるなら私もなんとか一人で生きてゆけるかも、と希望を持っていただければこれほど嬉しいことはない。


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