第4話 はじめに④ 自虐が周囲を凍りつかせる

40歳半ばとなり、独身、恋人なし、友人僅少、かろうじて職はあるという、自己紹介している最中から気まずさにすっと目を逸らされてしまうような立ち位置である私がこれを書こうと思ったのは、「もう40過ぎたら自虐がシャレにならない」という現実を目の当たりにしたからである。


20代女性に「歳のせいか肩こりがひどくて」「お肌の調子が悪くて」「彼氏がいないんです」と言われても、「肩こりや肌荒れが本当だとしても、お前には若さという名の万能薬があるし、1年後ハリウッド俳優とねんごろな関係になっている可能性もゼロではない」というバックボーンがあるから自虐だか悩みだか分からないものを軽やかに笑い飛ばせるのだ。


だが、40代で同じことを言ったら「そうなんですね」とぽつりと言われて終わりである。


自虐が笑いになるのは、同じ境遇にある者同士が共感込みで頷きあったり、「そんなこと言っても、本当は違うんでしょ?」とか「リカバリーできる可能性がある」という前提がある場合であり、いずれにしても自虐を笑いに昇華できる腕前を持った者にのみ許される高等技だ。


口から出す言葉全てがカビ臭をまとっているような人間が自虐を言っても、「それら全てがおそらくマジだし、今後それに関しての希望的観測はちりとなって消えるだろう」とほぼ確信を持った段階で相手はあいまいにほほ笑むしかない。それ以外にいったい何ができるというのだろう。


40代になると自虐の中に深刻さをみじんも感じさせてはならないことを重々承知の上で、恋人も友達もいないから一人旅三昧だとか、一人暮らしだから背中に湿布が貼れないのとか、40肩で肩関節の可動域が極端に制限されているのよ、といったことを努めて明るく冗談交じりに話しているにもかかわらず、20代の同僚達の顔には「笑いにくいんですけど……」という微妙な薄笑いが浮かぶ。


私が「40! 40!」とインコよろしくさえずるたびに、そこは凍り付いた世界となって暗い海の底へ沈んでいく。


だが確かに、私が80~90歳くらいのご老人に「年金少なくてマジで大変」と言われたら深刻な顔をして頷くしかできないし、死の絡んだ「息の根止まっちゃう」トークを繰り出されても、笑っていいのか戸惑うのが正直なところだ。


老人が嬉々として言う自虐が40代の私を戸惑わせるように、10~20代の若者が私の自虐に戸惑いを隠せないのは、ものすごくよくわかる。


しかしそうは言っても、日々、自虐をネタとして昇華できないことにストレスが溜まっている。笑ってくれていいんだよ? 笑ってくれないとむしろ傷つくよ? とこちらは思っているのだが、いらぬ優しさが身に染みるだけの毎日である。


みんなに気を遣わせるのも悪いので、思わず自虐が口に出そうになっても、ぐっと我慢して口をつぐんでいる。口をつぐむ理由は違えど、「王様の耳はロバの耳~~~~!!!」と穴に向かって叫んだ床屋さんの気持ちがよく分かる今日この頃だ。

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