第2話 はじめに② 言い訳できない


ずばり、40歳は「言い訳ができない年齢」と言い換えることができる。


私は若い頃、「こいつはまだダサさの抜け切れていない田舎の若者からしょうがねえか」と周囲の先輩方が渋々許してくれるということを承知の上で、何か失敗をしてしまった時には「心底困った、お詫びのしようもない」という謝意を眉をハの字にすることで表現していた。


そう書くと本当にしょうもないやつと思われてしまうので自己保身のためにもう少し詳しく書き記すと、「本当に困って反省して落ち込んでいる」というその状態を周囲の方々により丁寧にお伝えすべく、若干オーバー気味に己の気持ちを表に出していた。自分の想いをうまく言葉にすることができない口下手な人間は、セリフ少なめの主演女優になりきることでしか周囲に気持ちを伝えられないのだ。


が、自分が40歳になった時に観念した。もう完全に自分は許す側の人間になってしまったし、何かしでかしても恩赦を与えられることはまれである、と。


挨拶や一般常識、仕事への取り組み方、人付き合いや周囲の人々への配慮、感情のコントロールなど、できなくても「若いからしょうがないね」で済まされていたことが、40歳ともなるとそうもいかない。30歳でもそこそこまずいが、40歳は本当に誰も許してくれない。自分のこれまでの人生のきたし方を問われることとなり、場合によっては「ダメな大人」の烙印を押されてしまう。


挨拶はそつなくこなせて当たり前、うっかり癇癪でも起こそうものなら死ぬまで「大人げない」という汚名は消えないし、テーブルマナーや箸の持ち方一つに皆が目を光らせている。仕事においては初めて取り組む作業であっても、これまで積んできた様々な経験から応用力を働かせてこなしてゆく、ということが求められる。


自分がそれまで学び、考え、行動してきたことの総決算をそろそろ披露してもらおうか、という年齢が40歳なのだ。とにかく何をするにしても、評価してあげる、と手ぐすね引いて待っている紳士淑女の方々を勝手に想像してしまい、冷や汗をだらだらかく始末だ。


恐ろしいことである。


まだまだ半人前な気持ちで仕事中に窓の外に目を向けて呆けている間に40歳になり、ふと仕事場へ視線を戻したら、いつの間にか周囲の目がガラッと変わっていた。「え? できないんですか? 40歳なのに?」とあらゆる場面で責められる。身体的な変化が否応なく目の前に突き付けられているだけでもツキノワグマに殴られたくらいのダメージがあるのに、内面的にも成熟していないと大人としていかがなものでしょうと説教される。そうやって畳みかけられる状態が40歳だ。


私は年末の仕事納めで「よいお年をお迎えください」とわざわざ特別な挨拶をしなければならないのが一年の内で何より苦痛だし、引っ越しの挨拶をするくらいなら、真冬に部屋の中が氷点下になるこの部屋で一生暮らす方が良いと思って、引っ越しすら躊躇する。車を運転している時に後続車に煽られれば、即座にそのドライバーを合法的に車ごと崖から落とす手段はないものかと歯軋りしながら考える程度には沸点が低いし、新しい仕事を与えられた時には過剰なほどの懇切丁寧な指導を求めてしまう。そしてそうやって自分からは「ちゃんと指導しろ、赤子を扱うようにケアしろ」と求める割には、自分が指導する立場になった時には適当に指導して顰蹙を買う。たとえ同僚であっても親しくない相手と言葉を交わすことが苦手だからだ。


唯一のほめられポイントは、諸先輩方がしてくれたように、私も後輩のミスを許せるようになったことだ。「こいつ本当に何度言ってもミスするけど、闇バイトに手を染めてないしな(たぶん)」と思うと、何でも許せてしまう。


思い起こせば自分が若かった頃、「常識」というパーツや「配慮」というネジが足りない40代に対して、いい歳をしてと冷ややかな視線を送っていたのだが、それら数名の反面教師をもってしても、今ここに「いい歳をしてちゃんとしていない」大人が誕生することを止められなかったのだから、働きアリの法則というのは実によくできていると怠け者アリの自分は40歳にして身をもって思い知ったのである。


私は40歳と聞いた途端急にあたふたし出したダメ人間の典型である。おそらく他の40歳の方々はちゃんと計画的に研鑽を積んで立派な大人になっていると思われるが、私はと言えば20代の頃と変わらず半人前のポンコツである。一人前になろうと努力しているが、周囲の方々に迷惑をかけっぱなしで、いつか働きアリの方々に愛想を尽かされるのではないかとドキドキしている。


しかし日本経済を背負っている働きアリの方々が「一生懸命働いている俺達が搾取されるニッポンなんかにいられるか」とこぞって海外移住してしまった時、私が働きアリとして輝く日もあるかもしれない。働きアリの法則によれば、だが。


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