第21話

 そっと声をかけ、安心させようと玄関の前にあった置き石に腰かけた。手招きしたら、海斗はためらいつつ歩いてきて、その隣に腰を降ろした。そしてすぐ、陸の手の中にいるハムスターを覗き込む。


「先輩、大丈夫っすか?」

「大丈夫だぜー」

「ようやくホッとできたわ……」


 時々揺れる黒犬のふわふわの尻尾が可愛らしく思えて、陸はそっと視線をそらした。


 今までペットを飼ったことがなかったので、なかなか新鮮だった。両手のひらに感じる柔らかくて暖かい感触も、初めてだ。


(僕の怪力だと無理だって言われて……)


 動物園で初めて見かけたヒヨコも、遠目で諦めて――。


(ハッ、ううん今そんなこと思い出している場合じゃない)


 あの頃みたいに制御が利かないわけではない。陸は、横にいる海斗と、手の上で足を広げて座っている一郎と次郎を順に見た。


「皆、どこも痛くない?」

「「「平気」」」


 三人から、ほぼ同時に返事があった。


「でも、信じてくれて嬉しいぜ」


 ハムスターが陸を見上げて、ふっくらとした頬を引き上げる。


「最後の頼みの綱だったもんな」


 もう一匹のハムスターにも愛嬌たっぷりのきらきらとした瞳で言われて、陸は複雑な心境になった。


「あの、実は皆が怪しいって言っていたおじさんは、僕のおじさんの知り合いだったっていうか……彼がどこからか不思議な箱を持ち帰って実験して、そのせいで巻き込んじゃったみたいっていうか……なんか、ごめんね」


 ぽかんと口を開けた三人を前に、陸はこれまでのことを説明した。


 意思を持っていて、成長して自分で理想の〝箱庭〟を作り上げられる不思議な箱。その話を聞き終わった三人は、不思議そうな顔をして見つめ合った。


「そんなこともあるんだなぁ」

「世界って広いな」

「自分たちがこんなことになってなきゃ、一言で否定してやるのによ」


 黒犬が舌打ちした。


「うん、本当にごめんね……」


 平凡な生活が、と陸は思いって申し訳ない気持で三人に謝った。思わず俯いた。だが直後に聞こえた海斗の声に、意外な気持ちがして目を向けた。


「お前が悪くないのに、なんで謝ってんだ?」

「え?」


 見つめ返してみたら、黒犬は実に不可解そうな表情だ。二匹のハムスターも攻めている眼差しは一切ない。


 不意に、陸は敵意を感じ、反射的に立ち上がった。


「ちょっとごめん、そこにいて」


 ハムスターを黒犬の上に置き、玄関に立てかけてあった棒術練習用のそれを手に取る。


 次の瞬間、門扉に音もなく現れたのは二人の黒服だった。


 見た目は人間だ。黒いスーツを着こなした大男で、そっくりな骨格をしたその顔には、黒一色のサングラスがはめられている。


「迎えに来た」


 彼らは機械みたいな抑揚のない声でそう言い、海斗たちをまっ直ぐ見やた。


 驚く動物たちをよそに、ダンが素早くノボルの背の後ろへ隠れた。


「二人だ! 早速きおったぞ! ノボルっ、行ってこい!」

「お前はほんと調子がいいよな……いや、陸一人でじゅうぶんだ」


 後ろに隠れているダンがうろたえる。


「陸、そのまま片付けろ」


 ノボルは至って冷静だった。


「了解、僕が行く」


 帽を一回転させ、構えた陸もまた落ち着いてきた。


 その直後、陸は地面を蹴っていた。


 一瞬で黒服たちとの間合いを詰める。彼らが陸を見つめ返してきた時には、陸は棒先でまず右側の男の胸を突いていた。続いて、反撃してきた左側の男の拳を避けると、一回転するように反動をつけ、反対側の棒先でその男の脇腹をしたたかに打った。


「ひゅー」


 ダンが口笛を吹いた。


 次の棒術の攻撃の構えを取った陸は、黒服たちが小刻みに震え、そしてすうっと消えていくのを見て「うわっ」と言った。


「消えた……」

「想像上のものだからさ」


 ダンが言いながら、拍手しつつ陸に近付いてきた。


「いやぁ、すごいね陸君! お父さん顔負けの腕だよ!」

「え? 死なないレベルで打ち込んだだけだけど?」

「うん、その容赦ない感じが似てる! 個体によって耐久性あるのかどうかは知らんが、彼らは所詮〝箱の力〟で作られた、戦い、運ばせるためのものだからじゃないかね」


 ダンの説明は時々独特で、やはりよく分からない時がある。


「そんなことより、お前の勘が当たったらしいな」


 眉根を寄せてノボルも歩み寄ってきた。


「迎えに来たと言っていたな」


 ダンが「ああ」と彼に答え、にやりとする。


「奴は招待しようと思ってる。それなら、彼らがいれば我々も突入手段があるというわけだ。とするとあとは、今ある〝箱の力〟を白紙にする、つまりリセットすればいい。その方法は至極簡単だ」


 硬直して声も出ない三匹の生き物を放って、ダンの声掛けで三人は円陣を組む。


「私が〝箱〟を起動する際、はじめに入れた紙がスイッチだ」

「紙? どんな紙なの?」

「箱が作る世界の大きななどのルールを書き記したものだよ。私好みにするために、私の性格情報も含めて書いてある。あれを、あの世界から取り上げてしまえば、基盤を失った世界は白紙に戻る」


 ノボルが途端に、面倒臭そうな表情を浮かべた。


 その一方で、陸は「あ」と花が咲くように笑顔になった。


「なんだ、手っ取り早く乗り込んで強奪しちゃえばいいんだね」

「は」

「え」


 ノボル、続いてダンまでもまん丸くした目で陸を見つめてくる。


「なあに? 二人揃って」

「いや、ちょ、お前笑顔で何言ってんだ! そういうところは智道に似ないでいいからっ!」

「陸君怖いよ! さっき君さらっと言ったけど、天使の皮をかぶった悪魔にしか見えなかったよ!」

「その世界とやらに乗り込むとか面倒臭いことしかないのに――」


 陸は笑顔のまま、持っていた棒を二人の目の前で折った。


 二人の大人が途端に静かになってくれる。


「話し合うだけじゃいつまでも解決しないでしょ? ね?」

「まぁ、そうだが……」

「棒が折れたぞノボル、これって高校生が素手で簡単に握り潰せるものだったかな? んっ?」

「海斗たちの両親も心配しているし、とっとと終わらせなくちゃ。それにね、僕は平凡平穏な生活を送りたいの。分かる?」


 愛想笑いを浮かべたつもりだったが、陸の目を見てノボルもダンもあとずさりする。


 平凡、平穏。それなのに転校してきた知っている生徒も巻き込まれている。


 確実に、能力やもろもろも見にられる。先程の棒術だって見られた。あとでどうすればいいんだとか考えると、ストレスが沸点を超えた。


「今の海斗たちと一緒だったら乗り込めるんだよね? ダンおじさんは警戒されていると思うし、そもそも怖いから行きたくないんだよね。ノボルおじさんも、いかにも叩き潰すぞって雰囲気を醸し出すからもちろん警戒されるだろうし、でも僕は子供だから、まぁ突破する際にも土曜を誘って相手に隙もできると思うんだよね――とにかく、僕も協力するから、っととおらせようね?」


 ノボルが、隣にいたダンの肩に手を置いた。


「いいか、ダン。今から、短時間で正確な計画を立てる。もし陸の身に何かあったら智道が黙っちゃいないぞ」

「……そうなったら私たちに明日は来ないな」


 今にも泣きそうなダンの声が、ノボル宅の静かな夜に上がった。


        ◆◆◆

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