第22話

 道に倒れていた男のいる家に戻ると、男が心配そうな顔をして体を起こしていた。


 「目が覚めたようですね。でも、傷が良くなるまではそこで大人しくしていてくださいね。」


 俺がロシア語を話すと怖がらせてしまうのでクリスティーナが相手をする。


 「俺の家族は、」


 そう聞かれた瞬間、俺たちの顔が曇るのを察知したのだろう。


 「そうか。」


 「大丈夫です。あの人たちがこれ以上危険な目に遭わないように、簡単ですがお墓を作りました。傷が良くなったら、会いに行きましょう。」


 悲しくて、辛くて仕方がない表情をした彼を見て、クリスティーナが思わず声をかける。

 そこで、男が自分から口を開いた。


 「自己紹介がまだだったな。俺はトルストイ・ベト・ドミトリー。ドミトリーと呼んでくれ。家族のこと、心から感謝する。礼というのは変かもしれないが、大量虐殺という残酷な事件のことを教えてやろう。」


 「午前7時。俺たちはいつものように朝食を食べるため食卓についた。戦争が始まってから数ヶ月、ここらは特に何も起きていなかったから油断していたよ。恐怖心なんか忘れたようなものだった。パンを一口かじった時、呼び鈴が鳴ったんだ。近所の人かと思い、確認もせずドアを開けてしまったんだ。それが絶望の始まりだ。

 ドアの前に立っていたのはロシア軍だった。家族全員連れてあそこの家に入れ、と命令された。その家は昔から仲良くさせてもらっている一家の家だった。

 逆らうとどうなるか、目に見えて分かっていたので従ったよ。

 家に入ると、一室に数世帯が集められていた。俺たちが入るとその部屋に鍵がかけられ、完全に閉じ込められてしまった。それから数時間、地獄が始まった。あいつらは、あいつらは娯楽のために俺たちを傷つけた!笑いながら発砲し、指を切った!どんどんみんなが気を失い、悲鳴を上げなくなっていくと、あいつらは飽きたのか家を出ていった。

 それから俺は最後の力を振り絞って外へ出た。通りがかった誰かが助けてくれることを願って。あいつらが戻ってきたりしたら今俺は死んでたけど、お前たちがきてくれて助かったよ。」


 ハアッ、ハアッ、


 話し終えた頃にはすっかり興奮して、息も絶え絶えだった。それほどドミトリーさんの怒りは凄まじいものだったのだ。

 

 「ドミトリーさん。話してくれて、ありがとうございます。もうしばらく横になっていてください。」


 「ああ。そういえばお前たちはこれからどうするんだ?通りがかっただけなのに、こんなに手当てしてくれて本当にありがとう。俺はもう十分1人で生活できるぞ。一応男だからな!家族の墓もしっかり守るさ。」


 「そうですか。でも念のためここに泊まって行きます。」


 「そうか。それは心強いな。」


 

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