五章 悲劇
第21話
ガチャ...
(この鉄のような匂い...あの時と同じだ。)
扉を開けた途端に2人を出迎えた鉄のような匂い。それは2人の嫌な記憶を蘇らせた。
「お母さん...ヨセフ...」
予想はしていた。心の準備もしていた。
(それなのに、なぜ思い出してしまうの。)
ハアッ、ハアッ、
ロシア人に殺されたお母さん、幼い弟のことを思い出すと、胸がギュッと締め付けられて息すらまともにできなくなってしまう。
「落ち着け、クリスティーナ。大丈夫だ。空気を吸え。」
唐突に声をかけられたので、意識が一瞬違う方へ向く。その一瞬がありがたかった。
「ありがと、アルティオム。助かった。行こう。」
一歩、また一歩と足を踏み出すたび、匂いが強くなっていく。
(おそらく2、3人どころじゃないな。10人ほどと言ったところか。)
クリスティーナに強い口調で話しかけたものの、自分が一番落ち着けていないことを理解していた。それを表に出さないため、常に頭の中で思考がぐるぐると回っているようにしていた。
「アルティオム、この扉の先、だよね。」
「ああ、深呼吸しろ。行くぞ。」
キイ...
(開いている!?)
扉に触れただけなのに、音を立てて開いてしまった。
その先は...
「「ッ!?」」
血の海だった。壁には7人の男女が横たえており、床にも5人、倒れていた。全員、息がなかった。
「そんな!」
すかさずクリスティーナが一番近くにあった死体に駆け寄った。触れた途端、ゴロン、と転がり、顔をあらわにした。
「この人っ。」
今まで平静を保っていたが、どうしても隠すことが出来なかった。その顔は、道に倒れていた男を寝かせている家の、写真に写っていた顔だったのだ。
奥に目をやると、先ほどの男の娘らしき若い女性や、高齢の男性もいた。
(ここに集められて、みんな殺された。)
「キャアッ」
悲鳴の聞こえた方を見ると、クリスティーナが青ざめた顔で言った。
「この人、指が、ない。」
よく見れば他にもそのような人がたくさんいた。
「どうして、ここまで...」
「クリスティーナ。もう見るな。1人ずつ外に運んで、埋めよう。俺たちにできるのはそれだけだ。」
1人ずつ、ゆっくり外へ運んで、庭に埋める。ただその作業を繰り返した。その間、俺たちは言葉を一切発しなかった。
ドサ...
最後の人に土を被せ終え、ひざまずき手を合わせた。
俺が殺したわけでもないのにとてつもない罪悪感に駆られた。
(ごめんなさい、ごめんなさい。)
「ねえ、アルティオム。今、心の中で謝っているでしょ。こうゆう時は、成仏できるよう、祈るんだよ。」
「でも、」
「でもじゃない!あなたに人が殺せるわけない。殺してない!あなたがすべきことは、祈ること!」
「そう、だよな。」
「そうだよ。」
俺を見て微笑む彼女の顔が、寂しそうに見えてしまったのは、気のせいなのだろうか。
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