第20話

 クリスティーナの誘拐事件から、約2週間。あの事件から俺たちは自分たちが置かれている立場を思い知り、再び危機感のある旅が始まった。

 そして、今俺たちがいるのは...


 「アルティオム〜!次の街の標識!ブチャだよ!」


 次の街に着いたのにも関わらず、なぜか違和感を感じた。

 住宅街にたどり着いた時には、その違和感はより大きな物となっていた。

 その時、クリスティーナが口を開いた。


 「ねえ、静かすぎない?」


 そう、この街は静かすぎるのだ。まるで人が住んでいないかのような静けさが俺たちを包んでいる。

 少し恐怖を感じつつも住宅街を抜けないと進めないので、足を動かした。

 5分ほど歩いた頃、道の真ん中に人が倒れているのを見つけた。


 「大丈夫ですか?!何があったか説明できますか?」


 男だった。30代後半に見えるその男は、腹部と脚の2箇所に銃で撃たれた怪我があり、食事もしばらくしていないようだったので虫の息だった。

 咄嗟にクリスティーナが駆け寄って声をかけると、うっすらと目を開けて、振り絞るような声で言った。


 「ロシア人、に、おそわれた。家族、俺以外、死んだ。あっち、の、家。」


 震えながらひとつの家を指差した後、その男はプツリと気を失ってしまった。


 「うそ!?死なないで!」


 「大丈夫。気を失っただけだ。一旦どこか安全な室内にこの人を運んで、手当てをしてからあそこの家に行こう。」


 おそらくあの家には数人分の死体がある。クリスティーナの心をこれ以上傷つけたくはない。


 手当てをするのは、男が倒れていた場所から離れた家にした。万が一にもあの家の中を見てしまったら、取り返しのつかない程にショックを受けるかもしれない。

 家に入ると、強盗が入ったような荒らされようで、人はいなかった。今は床に落ち割れている家族写真を見ると、笑顔な3人家族が写っていた。


 寝室が3つあったので、その中でも一番奥にあった部屋に男を寝かせた。


 「クリスティーナ、この男の手当て、頼んでもいいか?知らない他人とはいえ、もしもロシア人に命を奪われたなら、俺が弔わなければならない。同じロシア人として、仲間が侵した罪は俺がけじめをつける。」


 「...うん。いいけど、気をつけて。」


 背中を向けて、さっきの家へ向かった。その時、


 「待って!やっぱり私も、私も行くよ!」


 「だめだ!君は行ってはいけない。君は...」


 優しい彼女はこれ以上人の死というものに耐えられないだろう。彼女のためにもここは俺1人で...


 「アルティオムは、優しいから!いつも私を守って、つらい思いして、心もきっとボロボロだよ。私もあなたを守りたいから。一緒にいかせて。」


 「優しすぎるよ、クリスティーナ。分かった。ひと通り手当てを済ませてから、一緒に行こう。」


 「ありがとう。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る