四章 油断

第18話

 ドニプロ川を渡り、目的地にまた一歩近づくことができた。

 俺もクリスティーナも、長旅に慣れてきた。


 「今日は〜、のんびり北に向かって行こ〜!」


 戦争の真っ最中だというのに、慣れたせいか全く緊張感を感じられない。

 それが仇となり、何か悪いことが起きなければいいが...。

 時々、ウクライナ人に出会う。ロシア軍は今どのあたりまで進軍しているのかわからないというのが、俺が今一番心配している点だ。

 

 「アルティオム!私あそこのショッピングモールの3階に、ちょっとトイレ行ってくるから、前で待っててね。」


 「わかった。気をつけろよ。」


 「大丈夫だって。」


 この時俺たちは気づいていなかった。陰から俺たちの会話を聞いていた者が、クリスティーナの後について行ったことに。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「ふう〜。それにしても暗いな、ここ。あ、アルティオム待ってる!急がないと。」


 トイレから出てきたクリスティーナは、独り言を呟いていた。そしてその時、周りに何者かの気配を感じた。階段を降りる自分の足音に紛れ、複数人がついてきている。


 「だ、誰なの!?」


 もちろん返事をする者なんていない。


 次の瞬間、クリスティーナの背後からにゅっと手が伸びてきた。そして彼女の口を塞いだ。


 「お前、アルティオムと一緒にいただろ?お前が誘拐されたとしたら、さぞかし悲しむだろうなあ?」


 異様な恐怖を感じた。この男の声、聞いたことがあると...

 男は懐から何かを出し、彼女のこめかみに当てた。彼女は瞬間的に理解した。それが拳銃だと。


 「殺されたくなかったら従え。裏口から外に出る。大人しくついてこい。」


 その男はその場に紙切れのような物を残し、階段を降りて行った。


 「おい!早く来い!殺すぞ!?」


 そう、怒鳴り散らしながら。


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 一方その頃アルティオムは、あんなことが起きているとは知らずにクリスティーナを待ち続けていた。


 「クリスティーナ、遅いな。何かあったのか?見に行くか。」


 ショッピングモールに入り、すべてのトイレのトイレを確認したが、クリスティーナが見つからない。服でも見ているのかと思い、衣料品売り場のある1階に向かった。

 階段を降りている時、1 枚の紙切れが落ちているのに気がついた。

 それに書いてあることを読むうちに、自分の額を冷や汗が伝っているのを感じた。


 『この手紙を読んでいるということは、やっぱりクリスティーナという女が心配になって探しにきたんだな?俺は今、その女を誘拐した。返して欲しかったらショッピングモールの7軒隣にある、宝石店に来い。今日の夜9時までに来なければ...分かってるな?

                               セルゲイより  』


 はらわたが煮えくりかえるような怒りを感じた。

 セルゲイ。まさかまたあいつに会うことになるとは。

 後のことは考えず、とにかくクリスティーナを助けたい一心であいつのいる場所に向かった。宝石店には10分もかからずに着いた。

 ガチャっと扉を開けると、宝石が展示されているショーケースが粉々に砕かれ、中身が全てなくなっていた。その光景に圧倒されている間に、店の奥から1人の男、いや、セルゲイが出てきた。そしてセルゲイが口を開いた。


 「待ってたぜ、友よ。久しぶりだなあ。」


 ニヤリと気味の悪い笑顔でこちらを見るセルゲイに、出会った頃の面影は、全く残っていなかった。




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