第10話

 クリスティーナのいる小屋に向かって走った。

 しつこく俺を引き止めようと、セルゲイが追いかけてくる。

 初めて出会った頃とは人が変わってしまったような顔をしている。


 「おい!待てよっ。」


 後ろからセルゲイの声が聞こえる。

 でも俺は止まらない。

 俺は間違ったことをしていないと思うから。


 小屋が見えてきた。

 その瞬間、食べ物をもらいにあそこへ行ったこと思い出した。

 食べ物を手に入れることができなかったせいで、クリスティーナに合わせる顔がない。

 小屋のドアを開け、中に座っていたクリスティーナに声をかける。


 「クリスティーナ。本当にすまない。食べ物、もらえなかった。」


 「あ、アルティオムさん。別にいいの。それよりもさっき爆発音が聞こえたけど大丈夫だった?」


 彼女の優しさが身に沁みた。

 まだ出会ってからまだ2日ほどしか経っていないというのに、敵である俺に心を使い、笑顔まで向けてくれるなんて。


 「あの、大丈夫?どうかしたの?」


 「いや、何でもないんだ。腹減ったよな。すまない。」


 ここは危険かもしれない。セルゲイや、あの場にいた戦闘員の何人かにも、居場所がバレてしまうかもしれない。

 しかし、このことを彼女に言っても大丈夫だろうか。

 命を狙われているかもしれない。

 こんな状況は家族を失ったばかりの者には辛すぎるだろう。

 できる限りこの状況は気付かれないようにしよう、と心に誓った。


 「クリスティーナ、明日の朝ここを出よう。もし持っていきたいものがあったら準備しておいてくれ。」


 「何でここを出るの?十分に安全じゃない。」


 「まあ、そうなんだけどな。念には念をというではないか。それに、もっと食糧が手に入りやすい場所に行きたいと思ってな。」


 「ふーん。わかった。持っていきたいものとかは特にないから大丈夫だよ。明日に備えてゆっくり休もう。」


 なんとか説得できた。

 今安全な場所はどこだろうか。こんな状況だとそんなこともわからない。俺たちがいるのはマリウポリよりも北にあり、まだロシア軍は制圧していないがもうすぐ制圧されるだろう。とりあえずドニプロ川を渡ってポーランドの方に向かうか。


 その日は早めに寝て、明日に備えた。


 朝6時。

 目覚めるとともにクリスティーナを連れ、小屋を出た。

 朝はまだ肌寒いが、暖かくなるのを待っていたら攻め込まれてしまう可能性がある。家族を失ったばかりのクリスティーナに無理をさせてしまうのは心が痛むが、彼女のためだ。


 鉄道は使わないことにした。

 攻撃されたと、よからぬ噂を聞くからだ。

 逃げようとしている戦意もない人々の乗る鉄道を攻撃するとは何と卑怯な。何かしら考えがあるのだとは思うが、それにしたって戦意もない人たちの命を奪うのは酷いと思う。俺も攻撃したロシア人と同じ人間なのであるのだが。

 鉄道も使えないとなると、移動手段は徒歩だけになってしまう。

 いったい何日かかるのだろうか。気が遠くなるほどの距離だ。

 クリスティーナがついてこられるか心配だ。


 「クリスティーナ。これからとてつもなく長い距離を歩くことになると思う。無理をさせてしまってすまないが、協力してくれ。」


 「うん!私のことは心配しないで。アルティオムさんとなら頑張れそうだから。」


 そう言って小屋を後にした。




 この物語はフィクションであり、実在の人物とは必ずしも一致しません。

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