三章 旅の始まり

第9話

 チュン、チュンという鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 外は明るくなっていて、暖かい日差しが中に差し込んできた。

 アルティオムが目を覚ますと、クリスティーナがすでに起きていた。


 「アルティオムさん。おはよう。」


 つい昨日の夜まで家族を失った悲しみでうなされていたというのに、今は吹っ切れたような表情をしていた。


 「えっと、大丈夫なのか?それに俺はお前にとって敵なんだぞ。」


 「うん。大丈夫。昨日あなたが言ってくれたでしょ。いくら悲しんでも失った命は戻ってこない。私の家族も私が生きることを望んでくれているって。だから、私もしっかり生きようと思った。

 それに、確かにあなたは私にとって敵だけど、どうしてもそうは思えないの。」


 「...そうか。」


 「クリスティーナ、腹減ってないか?」


 「うん。でもこんな状況では食べ物なんて手に入れられないでしょ?」


 「ロシア軍の基地に行ってもらってくるから少しの間だけ待っていてくれないか。」


 「わかった。」


 クリスティーナを小屋に残し、軍の基地に向かった。

 かなりの時間をかけて基地に着くと、ロシア軍の戦闘員がたくさん集まっていた。

 そして、おれに気が付いた一人が話しかけてきた。


 「うちの軍から裏切り者が出たらしいぜ。ウクライナ人の見方をしてそのまま逃走したらしい。アホだよなあ。」


 まずい。もしも俺だと気付かれたら、ただでは済まないだろう。

 早く食料だけもらってクリスティーナの元へ戻らなければ。


 そのとき、幹部であろう戦闘員の1人が集まった全員の前へ歩いて出てきた。

 信じられないことにその後ろには、クリスティーナの家族を奪い、思い出の品まで奪っていったセルゲイが立っていた。


 「我々の軍の中に裏切り者が出た。そいつは、このセルゲイ・バビチェフが忠告したにも関わらず、ウクライナ人に味方し、逃走した。バビチェフによると、この中にその裏切り者が紛れているらしい。今から一人ずつ確認していくので全員そこから動くな。もしも逃げようとした奴がいたら、射殺する。」


 セルゲイめ。この俺を訴えたのか。いや、今はそれどころじゃない。この場から逃げる手口を探さなければ。しかし、周りには何もなく、人が多くて脱出は困難だ。

 幹部とセルゲイが近づいてくる。

 そして俺の前で止まった。セルゲイが口を開く。


 「おや、よく見れば我が友、アレクサンドルではないか。あの時、優しい俺がせっかく忠告してやったというのに、ウクライナの女に味方し逃走していったよな?俺は悲しいぜ。友に恵まれなくてよ。」


 「何だとっ...」


 忠告?俺は自分の欲のためにアレナの家族を犠牲にしようとしたお前を止めようとしただけだろう。

 悲しい?お前は俺を訴えたことで報酬をもらえると、心から喜んでいるだろう。


 今から死ぬかもしれないという恐怖よりも、セルゲイへの怒りの方が大きくなった。


「俺は間違ったことはしたつもりはない。ただ、おかしいと思ったことに反対しただけだ。間違っているのはセルゲイ、お前の方だ。俺たちも、ウクライナの人々もみんな同じ人だ。大切なものを奪ったり、むやみに殺したりしてはいけないんだ。」


「今の言葉は反抗の言葉として捉えてよさそうだな。セルゲイ、この男を連れて行け。」


 セルゲイに腕を掴まれたそのとき、戦闘機が飛んできた。

 ウクライナ軍とロシア軍、どちらの戦闘機かは分からないがその戦闘機は爆弾を落とした。

 本当にわずかな時間のことだった。

 その場にいる全員がパニックになった。しかし、逃げるまでもなくそれは着弾し、爆発した。


 何人か巻き込まれ、悲鳴が飛び交った。

 今が逃げるチャンスだと感じた俺は、セルゲイの手を振りほどき、その場を離れた。




 この物語はフィクションであり、実在の人物とは必ずしも一致しません。


 





 

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