第8話
目を開けると、そこにはさっきのロシア軍の人がいた。
もうここで私の人生が終わってしまうのか、と死を覚悟したけれど、その人は優しい声で私に話しかけてきた。
ロシア語だったから少し難しいけれど、大体なら何を言っているのか聞き取ることができた。
「殺すつもりはない。俺の名前はアルティオム。君の名前は?」
そう言っているとわかったので、
「クリスティーナ。18歳。」
と答えた。
そして、お母さんとヨセフが家に残っていることを思い出した。
「殺すつもりがないなら助けてください。家族がまだあの家に残っているの!」
あの2人を守るためにとった行動だったのに、逆に私が助かってしまった。
本当にごめんね。お母さん、ヨセフ。
そんなことを考えながら、家に向かって全力で走った。あの2人が無事であることを願いながら。
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家に着いて扉を開けると、奥の方から鉄のような嫌な匂いが漂ってきた。
辺りを見回すと、私たち家族の思い出の詰まった家具などがぐちゃぐちゃに荒らされていた。
嫌な予感がして、お母さんとヨセフがいた部屋に向かい、ゆっくり扉を開けた。
中を覗いた瞬間、背筋が凍りついた。
頭の中が真っ白になり、時間が止まったようにも感じた。
「いやだ。こんなの嫌だよ。信じない。私は信じない!」
目の前には、大量に血を流したお母さんとヨセフが倒れていた。2人の顔は色気を失っており、目も濁っていた。
「お母さん!ヨセフ!」
後ろからアルティオムが駆けつけてきたのも気にしないで叫んだ。
「おかしい。こんなのおかしいよっ!私たちはただ平穏に暮らしていただけなのに。どうしてこんな目に遭わないといけないの!?私たちが何をしたっていうの!」
そしてアルティオムに向かって言った。
「返してよ。私の家族を返してよ!」
アルティオムは、何も言わずただじっと私のことを見ているだけだった。
私が泣き止んだのを見て、アルティオムが言った。
「クリスティーナ。失われた命は二度と戻ってこない。それは君が一番わかっているんじゃないのか?それにさ、いくら辛くても君の家族は君に真っ直ぐ生きてほしいって、きっと思っているはずだよ。」
彼は何気なく、私を落ち着かせるために言っただけかもしれない。でも、なぜかこの言葉が私の心に強く刺さった。
ありがとう。
声には出さず、そう言った。
私の家族は彼と同じロシア人に殺された。けれどこの人は、家族を殺した人とは違う気がする。人を殺すどころか、私の心を救ってくれたから。そして何より、私を励ましてくれる彼の目は、どことなくお母さんに似ていたから。
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アルティオムが私を連れて家を出た。
これ以上ここにいたら自分がおかしくなってしまうような感じがしていたので、少しありがたかった。
しばらくの間歩き続けていると、別荘のような小さな小屋を見つけた。
中には誰にもいなく、荒れていたので今日はそこに泊まることにした。悪い気もしたけれど、仕方がない。
アルティオムが一つだけあったベッドを譲ってくれたので、そこに横になった。
けれど、目を閉じてもお母さんとヨセフの死体となった姿が浮かんできてしまい、なかなか眠りにつくことができなかった。
それでも横になって2時間後には少しうとうとしてきた。
この物語はフィクションであり、実在の人物とは必ずしも一致しません。
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