第2話

 今日は大学の卒業式だ。家族は来ないが、社会人になる前の最後の学生生活の締めくくりだ。会場の中には緊張した空気が充満している。

 だが、俺にとっては社会に出ず、戦場に連れて行かれるのだ。学生生活が終わってしまうことに寂しさを感じるのではなく、戦争に参加することへの恐怖の方が大きかった。

 式の後、写真撮影をして、帰宅した。家では家族が「おめでとう。」と言って祝ってくれた。俺が戦争に行くことを知っているのにそのことに触れないのは、きっと俺のことを考えてくれた上でのことなのだろう。それでも家の中には重苦しい空気が流れている。きっと戦争に行ったら帰って来られないから。

 今日の大学卒業のお祝いは、俺のお別れパーティーでもあるのかもしれない。大学に入学したときも、今日のようなご馳走は出なかった。徴兵センターに行くまで、あと1週間もないから、「大学卒業のお祝い」と名付けて最後の晩餐のようにしているのだろう。


 家族で過ごせる最後の日、母さんは言った。


 「頑張ってね。私はずっと応援してるから。国のために戦えることを誇りに思いなさい。」


 と、涙を流しながら。



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 ついに徴兵センターに来た。


 「諸君たちは選ばれし人間だ。今、我が国の平和は隣国のウクライナによって脅かされている。君たちの大切な家族、友達を守るため、共に頑張ろうではないか。」


 教官の話を聞いた後、訓練が始まった。訓練ではやることの一つ一つにかなりの体力が必要で、学生時代に特に何も運動もしていなかった俺にとっては至難の業だ。しかし、何もしないのも自分の身が危ういので日々訓練に励んでいるわけだ。こんな辛い日々を過ごしている俺だが、こんな状態で本当にやって行けるのだろうか。


 そんなことを考えると、実家に置いてきた家族が恋しくなってきた。いきなり戦争に行くなんて言って心配かけてしまったな。本当に申し訳ないな。母さんも、父さんもしっかりご飯食べてるかな。訓練が手につかないくらい家族のことで頭がいっぱいになった。

 そのとき、俺の名前が呼ばれた。


 「アルティオム!おい!しっかりしろ!」


 顔を上げると見たことがあるような男の顔があった。


 「えっと、確か同じ日に徴兵された…」


 厳しそうな吊り目の男は


 「ああ、そうだ。セルゲイ・バビチェフだ。よろしくな。」


 ニカっと顔に合わない表情をしたセルゲイは、


 「何があったのかは知らないけどとりあえず元気出せよ。訓練サボったりしたらどんな罰を受けるか分からないしな。」


 そう言って俺にチョコを差し出した。

 セルゲイの優しさが心身に沁みた。徴兵センターで訓練が始まってから、こんなに優しくしてもらえたことが心の底からありがたいと思ったのだ。これから何があっても、セルゲイと一緒なら乗り越えていける。そう思ったんだ。



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 1ヶ月後、ついに俺たちはウクライナに向かう日を迎えた。ウクライナに向かう車の中、俺はずっと震えていた。やっぱり戦争なんて俺には無理だ。胃もキリキリする。だが、隣に座っていたセルゲイは震えるどころか、どこか嬉しそうに見えた。


 「なあ、セルゲイ。怖くないのか?」


 セルゲイはにこやかな表情を変えずに


 「怖いわけないだろ?国のために戦えるんだぞ。怖がっていてどうする。」


 「君は強いな。」


 セルゲイの言葉が頼もしく聞こえた。ウクライナに着くまであと5分。セルゲイと話したことで、少しずつ不安が和らいできた。戦争がどんなことになるかなんて分からないけど、今はとにかく戦わないといけないんだ。国のために。



 この物語はフィクションであり、実在の人物とは必ずしも一致しません。

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