第7話 告白・後編
本物になれなかったと、アオは語った。
彼は私を真っ直ぐに見つめて、表情筋も動かさずに淡々と口を動かす。
「世界中を見て回った。姿、形、性格、言語、異なる人間と交流した。けれど、ボクが偽物だという認識は覆らなかった。本物になる事は不可能。ボクは、偽物の怪物のままだ。時期尚早だけれど、アカネになれないと本能が否定する。似てない。ボクは、何も模倣できなかった」
「それは」
「傾聴」
違うよと言おうとして、アオが私の耳を指差す。最後まで聞いて欲しいのだろう。私は小さく頷いた。
「ボクは、誰かの模倣を縫い合わせた偽物。けれど、確実な現象が一つだけある」
彼は私の頬を突いて、瞬きを落とした。
「アカネの笑顔を見ると、体温が上昇する。エラーが治る。困難と呼ばれる場面に直面した際、不必要なはずのアカネの笑顔が選択肢に浮き出て、行動が迅速になる。どの個体を模倣しようと、姿を変質させようと、変化しなかった。
恐らく、人間の第一サンプルであるアカネの幸福が、ボクのプログラムに何かしらの好影響を齎している。ボクが本物になる事は不可能だが、代替の目的が入出力された」
「…え?」
長々と冷静に分析された結果に驚愕する。励まそうと選んでいた台詞が消し飛ぶくらいの威力だ。
それは、最早告白なんじゃ…?
「ボクは、アカネの幸福の補助に努める。金銭、勉学、及び人間関係の援助。
表情は動かなくても、雰囲気で笑っているのが分かった。
私は、混乱しながら、恐る恐る尋ねる。
「…ねえ、言葉の意味、ちゃんと分かってる? 告白だよね、それ」
「うん」
意味としては理解していても、それを聞いた私がどう捉えるのか、分かっていないやつだ。
顔が熱くなる。彼は多分、私の事が好きで、私がアオを好きなことに気づいていない。感情がないとか言っておきながら、ちゃんと恋心を持ってるじゃないか。
「私が今日、アオに何を渡そうとしたか、知ってる?」
「分からない」
首を左右に振った彼に、私は「愛してます」の手紙を渡した。
手紙を広げたアオは、目を見開いて固まり、壊れたブリキの人形のように、ぎこちなくこちらを見る。
頭良いのに、今まで散々他の人を観察してきたはずなのに、鈍感すぎないか。
「私の幸せは、アオの側にいることだよ。一緒にいられるなら、他に何もいらないってくらい、アオのことが好き。大好き」
いろんな感情が押し寄せて、涙が出てくる。本当、何でこんなにすぐ泣いてしまうのか分からない。
アオと出会ったこと、学校で邪険にされたこと、仲直りしたこと、一緒にケーキを食べたこと、未来の話をしたこと、ずっと好きだと言えなかったこと。アオとの記憶の全てが、たまらなく愛おしい。
一世一代の告白だというのに、私は、自然と笑っていた。
「出会った時から好きでした。私の恋人になってください」
やっと、言えた。
彼を見ると、驚愕に目を丸くして、口を開いていた。
「……え?」
ボッと音を立てて、アオの顔が真っ赤に染まった。
【完】
真っ赤に染まるアオ かんたけ @boukennsagashi
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