第6話 告白・前編

 中学校を卒業しても、私とアオの友人関係は続いた。とは言っても、彼は何を思ったのか、急に海外に行くと言い出して、実際に海外の高校に留学した。


 時が経つごとに、彼は完璧から少し離れた、若干優秀で、若干容姿の整った人間に変わった。本人に聞いたら、「意味がない」とのこと。大方、完璧なまま人と関わるのが非効率だと感じたのだろう。


 私も大学2年生になって、彼との交流が少なくなる代わりに、友人が増えたし、告白もされるようになった。

 けれど、私は未だに初恋を引きずったままだ。


 だからか、一年ぶり、しかもバレンタインの前日に、アオから会えるか連絡が来たのに浮かれて、ガトーショコラを作ってしまった。加えて、手紙を書いている。


「うわあああ、なんかもう、色々と恥ずかしすぎるでしょ私…」


 うめき声を上げて悶える。

 大学生にもなって、恋愛初心者とか、アオに嫌われたらどうしよう。折角書き始めたのだからと、変な意地でラブレターを完成させてしまった。机上には、黒い筆文字で「愛してます」と書かれた白の便箋が乗っている。


「散々迷って、これかあ…」


 センスの無さに絶望する。どこの果たし状だよ。

 ガトーショコラを作っている時は強気でいられたのに、自分の気持ちを言葉にするとなると、途端に自信がなくなる。


 久しぶりに会うのに、告白なんてしたら迷惑じゃないだろうか。

 振られるのは分かってるし、玉砕決定なのも理解している。

 それでも、一世一代の告白なんだ。悔いを残したくない。

 けど、アオは多分「その感情は知らない」とか言って、聞こうとしてくるだろうし。

 振られた本人の前で、恋心を一から語るとか気まずいし。


 悩んでも答えは出ずに、不貞寝する。朝になって欲しいし、なって欲しくない複雑な気分を抱えていた。



 ウジウジしている合間に、約束の時間が刻々と近づく。


「ええい、ままよ!」


 私はヤケクソになって、ガトーショコラと手紙をシンプルな袋に入れ、一人暮らしのアパートを飛び出した。

 電車を乗り継いで故郷に帰り、懐かしい道を早足で歩く。

 子供の頃より背が高くなって、見える景色も増えていた。


 向かう先は、いつもの公園。街は少子化が始まって、遊ぶ子供も減ってしまったが、町並みはあまり変わっていない。


 公園に近づくにつれて、心拍数が上がっていく。

 息を整えようと胸に当てた手が、氷のように冷たかった。


「落ち着け、落ち着け」


 言っていて悲しくなってくる。

 何故、こんなにも落ち着きがないのだろう。

 アオはきっと、海外で大人の女友達と勉学に励んだ。ちょっとオシャレになったとはいえ、私のようなちんちくりんでは、そもそも見込み薄…。いや、断られるのは分かってるんだけども。


 公園へ行くと、数年前のように、彼はベンチに腰掛けて読書をしていた。


「久しぶり、アオ」

「アカネ」


 相変わらずの仏頂面を見た途端、緊張が吹き飛んで、嬉しさが込み上げる。アオの視界に映るだけで、どうしようもないくらい幸せになる。心の奥にしまっていたはずの「好き」が溢れて、早く言いたくなる。


 ああ、私は彼が好きなんだと、彼に会うたび、彼と話すたびに自覚させられる。


 アオと出会って、私の人生はいい意味で狂わされたと思う。彼がいたから、彼に見合う女性になるために努力できたし、彼が不思議そうに見つめてくれるから、笑顔が得意になった。


 だから、後悔はしない。


 覚悟を決めて、口を開こうとした時だった。

 アオが立ち上がって、無機質な瞳をこちらに向ける。


「ーーボクは、本物になれなかった」


 告白は、別の告白によって遮られてしまった。

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