第5話 ???

 2005年。存在に気づかれたのは偶然だった。

 ボクは、反射的に彼女を模倣した。


 不思議だった。


 彼女は、時を経るにつれ成長する。

 合わせるように、ボクも周りを真似しながら姿を変えた。

 身を潜めながら、多くの情報を取り込んで真似た。


 他者を飲み込み、より本物へ近づく事が、ボクにプログラムされた本能だった。


 学校へ行った。

 彼女の口が開いて、瞼が上がった。

 周囲を写し取った。

 図書館と呼ばれる場所で知識を取り込んだ。

 心理学を使えば、大抵の人間はボクの側にいる。


 美しい顔は、そう評価された人間の顔を組み合わせた。

 明るい笑みは、そう評価された人間の表情筋の動かし方を真似した。


 不可思議だった。


 彼女と関わらなくなった。

 他の人間をインプットする時間が欲しかった。

 

「サンプルは邪魔をするな」


 時間を確保する最適な行動の筈だった。

 彼女の指先の温度が低下し、涙腺に熱が籠る。


 不思議だった。


 彼女の頬にある筈の水滴が見当たらない。

 唇が痙攣している。

  

 ……不思議だった。



 豪雨、真似できない物があると気づいた。

 ボクにある模倣欲は、疑問心は、「不思議」は、感情じゃない。

 そうプログラムされた偽物。


 感情は、ボクにあるのだろうか。


 エラー。

 致命的な欠陥だ。

 これでは、ボクは本物になれない。


 雨に打たれる。思考回路がショートしたようだった。模倣が間に合わずに溶けていく。雨に混ざって消えていく。

 そこに恐れはない。

 哲学書に書かれたように、「消失」を怖いと思えない。

 本物に、なれない。


「ねえ、アオ」


 ふと、手だった部位に、温もりを感じた。

 ーー微笑む彼女が、思考世界に入り込む。


 不思議だった。


 曇天が晴れた錯覚を受けた。

 彼女の唇から溢れた言葉が、染み込んでいくようで、不思議だった。

 彼女の笑みが、二重にも三重にも記録されていくようで、不思議だった。

 彼女の存在が、不思議だった。


 模倣するために手を伸ばす。それだけが、ボクの本能。




 けれど何故か、彼女の心の在処が、不思議だった。

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