第4話 二人でケーキを食べたこと

 私とアオの関係だが、雨の日に告白まがいの事をしたら、何故か回復した。


 感情がないと言ったはずなのに、どういう原理の心変わりだろうか。

 きっと、アオは私にまだ利用価値があると思ったのだろう。けど、私は彼と話せて飛び上がるくらい幸せだった。


 一緒に帰りはしない。遊ぶ回数も減ったし、遊ぶとしてもあの公園で隠れんぼや読書をするだけ。ゲームは私が得意ではないから、他の子からインプットするらしい。


「お菓子作ったけど、食べる?」

「何」

「ガトーショコラ。甘いのは好き?」

「好き、はない」


 オレンジピールを乗せた不恰好なガトーショコラを渡す。彼はマジマジとそれを見つめると、口に放り込んで咀嚼した。


「咀嚼、真似できるようになったんだね」

「うん」


 嚥下する。周囲の第二成長期に合わせてか、喉仏ができていた。


「前から聞きたかったんだけど、何で男の子なの? ほら、最初は私の体だったでしょ」

「筋肉」

「ああ、男の方が、筋肉つきやすいからね……って、筋肉つけて何をするつもりなの?」

「…」

「考えてなかったんかい」


 苦笑する。

 いつもなら考えを即答する彼が、口籠るのがおかしくて、笑った。

 ガトーショコラの甘ったるさを、オレンジの苦味が掻き消す。


 彼は、不思議そうにこちらを見ていた。


 それが嬉しくて、少し苦しい。

 私は観察対象で、彼が私に恋心を抱くことはないのだろう。

 それでも、その興味が少しでも情に変わらないかと、願ってしまう。

 だって、こんなにも近くにいて、触れてくれるのだ。叶わない恋だとしても、私が彼以外を好きになることはあり得ない。もう、そういう運命でいいから、情でなくたっていいから。


 ただ、アオからの眼差しが欲しい。





 アオと私の誕生日。出会った時、アオの誕生日は本人も分からなかったから、私と同じ日にして、勝手に二人で祝った。小さい頃、「誕生日が一緒って楽しい!」と思った余波だ。


「あら、アカネ、それ一人で食べるの? 太らない?」

「成長期だから大丈夫でーす」


 心配する母さんに一言言って、二人分のケーキを持って公園へ急ぐ。

 アオは、人と関わりのない間は影と同化して寝ているらしい。匂いも汚れもつかないから、お風呂も、もっと言えば食事や排泄も必要ない。人間をインプットする一環で一度全てやったみたいだけど、あまりの不具合に、食事だけに止めることにしたそうだ。


 公園に着くと、彼はベンチに腰掛けて読書をしていた。


「おはよう」


 アオが顔をあげる。


「おめでとう」

「誕生日の事ね。ありがとう。アオも、誕生日おめでとう」

「ケーキ」

「はいはい」


 持ち手付きのパックを開けて、フルーツタルトを献上する。アオは瞬きを2回落として、「ガトーショコラ」と言った。


「売り切れだったの。それに、ケーキはガトーショコラだけじゃないんだよ?」

「そう」


 若干気落ちしてるように見えるのは気のせいだろうか。私は隣に腰掛けて、フルーツタルトを頬張った。タルト生地がホロホロ溢れて、地面に落ちる。勿体無いけど、蟻の餌になるだろう。


「そう言えば、アオって寿命あるの?」

「ない」

「そっか」


 ほろ苦い生チョコレートが、口の裏にへばりついた。相殺するようにフルーツを掻き込む。


「…じゃあ、私が死んだらさ、花束をくれない?」

「お墓参り」

「そうそう。そこら辺に生えてるタンポポを摘んで、海に投げてよ」

「何故」

「私の家系はさ、大体骨は海に撒かれるの。だから、私が死んだら、私は海になる。アオは寿命ないんでしょ? なら、10年に一回、海にタンポポを頂戴」


 それで、タンポポや海を見るたびに、私を思い出してよ、なんて。

 重い女だな。

 まあ、いらない情報として、いつかは忘れてくれるでしょ。


 アオは目を見開いた後で、静かに頷いた。

 全く、そう言うところに惚れたんだよ。


 私が「ありがとう」と笑うと、彼は疑問符を浮かべてこちらを見ていた。

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