第2話 意外な転校生

 私が中学に上がる頃、アオは転校生として同じクラスにやってきた。


生形うぶかたアオです。父親の仕事の都合で引っ越してきました。よろしくお願いします」


 彼は人好きのしそうな笑みを浮かべて、にこやかに言った。

 黄色い歓声が上がる。男子すらも釘付けにして、アオは自分の席に向かう。

 私は、唖然と彼を見ていた。

 何故、学校にいるのか。何故、笑顔なのか。私といる時は、一回も笑ってくれなかったのに。


 休み時間。彼はクラスメイトの質問に嬉々として答えていた。話しかける隙はない。


「アカネ、あのイケメンと知り合いなの?」


 前の席の小沢さんが揶揄うように言った。私は戸惑いがちに頷く。


「話しかけてくれば?」

「忙しそうだし、後にするよ」


 掃除の時間中、私は彼に話しかけた。


「ねえ、アオ」


 さっきまで明るかったアオから、笑顔が消える。


「何」

「なんで、学校に来たの?」

「サンプルは邪魔するな」

「え…」


 正面から投げられた言葉は、同級生に向けるような甘いものじゃなかった。

 頭が真っ白になる。

 抑揚も温度もない、冷徹な声。何の感情もない、ガラス玉の瞳。

 何より、邪魔をするなと警告した。


 明らかな拒絶だ。


 なんでと、聞く暇すら与えてくれなかった。

 冷えていく指先を握り込めずに、呆然と佇む。小さい頃なら、「体温の低下」と言って触れてくれたのに、彼は何も言わずに掃除を再開する。

 当たり前が壊れた気がした。

 私にも優しく笑ってくれるかな、なんて考えるんじゃなかった。

 羞恥心と怒りで、じわじわと目頭が熱くなる。

 感情を押し殺すように唇を噛んで、雑巾掛けに戻った。




 アオは、何でもできた。

 テストは百点、運動は一位、周囲からの評価は高く、一日に一回は告白のための呼び出しを受ける。


 遠目から見ていても、彼は模範的な優等生で、何をしようとしているのか分からなかった。


生形うぶかた君、また振ったって。しかも、学年のマドンナ」

「へえ」


 適当に相槌を打つと、小沢さんは「揶揄い甲斐がないなあ」とシャーペンを回した。

 私たちの視線の先には、校庭で男子とバスケをするアオがいる。

 ボールはペットのように従順に動いて、ゴールに飛び込んだ。彼は楽しそうに同じチームの男子とハイタッチを交わす。相手チームは悔しがりながらも、アオの助言でみるみるうちに上達していった。


「凄いよねえ。男女、年齢問わず大人気。最近じゃ、先生も生形のノート参考にして板書してるって噂」

「へえ」

「幼馴染だっけ?」

「仲は悪いけどね」


 サンプル扱いされた一件から、私はアオと距離を取っている。

 彼とまた話して、モルモット扱いされるのが嫌だった。

 彼が周りに向けるあの優しい笑みを知ってしまったから。私だけ、優しくされない。何か嫌なことをしてしまったんじゃないか、今でも考えるけど、思い当たる節がなくて、ヤキモキする。

 周囲には親切に振る舞うのに、どれだけ私が嫌いなのか。私たちの友情は、そんなものだったのか。


 何で、私だけ笑顔を見ることができないの。


 嫉妬を自覚するたびに自己嫌悪に走る。彼氏でもない相手に独占欲を抱くなんて、どんな勘違い女だよ。


「いまだに分からないんだよねえ。何で、あんなに良い奴がアカネと仲違いしたのか」

「私が聞きたいよ…」


 私は窓枠に突っ伏した。



 ーー校庭から送られた、アオの視線に気づかずに。

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