真っ赤に染まるアオ

かんたけ

第1話 引きずっている恋心

 人じゃないのに、愛って分かるの?


 手紙を認めながら、ふと思った。


 バレンタインが近づく今日。

 留学している彼から「会えないか」と連絡が来た。折角だから告白してしまえと、ラブレターを書くことにしたものの、全く上手くいかない。


「出会ってから、十何年? 本当、引きずりすぎでしょ私…」


 文字を書いては消し、書いては消しを繰り返す。中々言葉が見つからないし、いざ書いてみると、恥ずかしくなってきた。

 そもそも、私の好きな人は、人間じゃない。

 私が告白したところで、「愛って何?」と返事されるのが落ちだ。


 出会った時からそうだった。彼は、人間について、色々と知らなすぎる。勿論、私も彼の事を何も知らなかったけど。


 幼い頃、公園で女子トイレの個室を開けたら、彼が蹲まっていた。

 黒い物体が蠢いて、中から透明な球が覗く。瞬間、それは私と似たような女の子の姿に変化した。

 悲鳴よりも先に、疑問符が頭を埋め尽くす。

 腕が三本あったからだ。


「…」


 息を呑む。彼は何も言わない。

 右肩から分岐した二本の腕と左腕が、私に伸ばされる。柔らかな指のひらが、私の首筋や手首を流れていく。

 微かに、金木犀の香りがした。

 それは、私の頬から体温を奪うように、段々暖かくなっていった。


 唇に掛かる黒い髪。私を映す色のない目。不規則な呼吸音に、形を変え続ける体。

 同じ姿のはずなのに、美しく、悍ましい。


 既に私は、この不思議な生き物に魅了されていた。


 後になって気づいたけど、彼はこの時、私の身体情報をコピーしたのだ。髪も瞳も肌の色も、私と同じ色に変えた彼は、満足したように息を吐いた。




「おはよう」

「オハヨウ」


 彼は、暫くの間個室の中にいた。元々、このトイレは臭いことで有名であまり使われていなかったから、騒ぎになることはなかった。


「今日は何して遊ぶ?」

「知らないコト」

「じゃあ、お飯事しよ!」


 友達が少なかった私は、もう一人の私である彼と遊んだ。一人っ子だったから、何だかお姉さんになったような気分で、彼に沢山のことを教えた。


「アカネは何故、ボクを世話するの」

「弟のお世話するのが、お姉さんなんだよ!」

「ボクとアカネに血縁関係はない」

「血縁関係って何?」


 彼は時々、私が知らない言葉を言った。

 近くの図書館で知識をインプットしていたのだろう。私の言う事なんて既に知っていた筈なのに、サンプルを求めたのか交流をやめなかった。





 十歳になると、私は彼について気になってくる。

 いつの間にか、彼は「アオ」という名前を持って、私ではない美しい誰かの姿を形取っていた。


「ねえ、アオは何者なの?」

「人間を模倣する生命体」


 真顔で答えられた。出会ってから、彼の笑顔や怒り顔を見たことがない。


「それは、何となく知ってたけど、他にはないの? お母さんや、お父さんは?」

「研究者」

「何処で生まれたの?」

「試験管」

「今までは何してたの?」

「アカネのサンプリング」

「そうじゃなくて、私と会う前だよ」

「形の獲得。研究所からの逃亡」

「目的は?」

「本物」

「『本物』って何?」

「アカネには理解できない」

「ふーん」


 端的な答え方に、私は拗ねた。何だか、ロボットと話している感じだ。そんなに私に興味がないのかと、的外れな事を考える。


「不具合?」

「ううん。平気だよ」


 無表情ながらに、アオはいつも私を気遣ってくれる。

 話に否定も肯定もしないけど、彼の落ち着いた透明な空気感は、居心地が良かった。

 空気が読めない癖に、人の心配だけは一人前。知的な雰囲気は勿論だけど、大人と子供の間にいるような彼を魅力的に思った。


 この時にはもう、私は不思議な彼のことが好きだった。

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