第5話 事件は起った

 三学期に入ると、喧嘩やサボりが頻繁に起き、学年全体が落ち着かない空気に包まれていた。

 そんなとき、うちのクラスで事件は起きた。

 音楽の授業中に、数人の女子が先生の目を盗んではメモを回していた。何度注意されてもやめない。木下先生は、突然手に持っていた縦笛を、メモを持っていた女子に向かって投げた。笛は石川の頬をかすめ、柱にあたり折れた。教室の空気が固まる。次の瞬間先生は、泣きながら出て行ってしまった。

「石川! 大丈夫か?」

 クラス全員が立ち上がり石川のそばに集まった。

「俺は大丈夫だけど、他に当たった奴いないか?」

 俺が、全体を見回し怪我人のいないことを確認していると、内海が叫んだ。

「美夏! どこに行くの?」

 ササミが教室を出て行こうとしていた。

 俺が傍に行くと、ササミは壊れた笛を見せた。

「職員室。私の笛が壊された。先生に謝って貰わないと」

 俺は慌てた。それはそうだが、この状況を作った女子を連れて謝りに行かないことには、話しが進まない。

「わかった。でも、まずは鈴木たちが謝らないと。佐々のことは、そのあとだ」

 ササミはむっとしたまま返事をしない。

 女子を連れて職員室に行くと、学年主任の原先生に進路相談室へ行くよう指示された。

 部屋に入ると、木下先生が号泣していた。俺たちは必死で謝った。

 なんとか許された女子と俺が教室に戻ると、六時間目の終業チャイムが鳴った。担任の神川先生にササミと俺が呼ばれた。

 今から進路相談室で、木下先生が謝罪すると言うので、学級委員として立ち会うように言われた。

 進路相談室には、木下先生、学年主任の原先生が座っていた。

 神川先生は俺たちの横に立った。木下先生は立ち上がると、ササミに向かって頭を下げた。そして、壊れた笛の代わりに、新品の笛を差し出した。ササミは、その笛を受け取らずに話し始めた

「許すとか許さないとかの問題じゃないです。まず、人に向かって物を投げる行為が許せない。今回は石川君の頬を掠めただけですが、下手したら大けがですよ。それも私の笛が凶器になる。冗談じゃない。教師なら、笛を投げる前にしっかり指導するべきです」

 あのササミが理路整然と先生相手に話す姿に驚いた。

 弁償すると言って、無理矢理渡された高そうな笛もいらないと言い張った

 ササミは、その笛が先生個人のものか、教材費で購入したのか聞いた。先生が教材費と言った瞬間突き返していた。

「先生、弁償は自分のお給料からでしょ」

 そう言うと、ササミは進路指導室を出て行った。俺も後を追うように部屋を出た。教室に帰ると、クラス全員が残されていた。

 校内放送が入り、俺たちクラスは音楽室に集合させられた。

 学年主任の原先生から説教されたあと、木下先生が石川とササミにそれぞれ謝罪し、授業を放棄したことをクラス全体に謝罪した。

後日、木下先生がササミに個人購入した笛を渡していた。

 ササミは一応受け取ったが、卒業まで使わなかった。折れた笛にテープを巻いて使っていた。それは嫌みでもなんでなかった

「小4から使っている笛だよ。こんな理由でお払い箱っておかしくない? 音も出るしね」

 俺は、ササミのそんなところが益々好きになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る