第4話 いつの間にか
クリスマスが近づくと、両想いの奴らがやたら目につく。
なんと、あのお喋り石川に、学級委員の内海さんが告白した。
石川もあっさりokして、今いい感じに進んでいる。
俺はその石川に、佐々への気持ちを、素直に伝えればと言われていたが、今でもあの鉄太の笑顔が忘れられない。
それに、佐々美夏も、あんな別れ方をした鉄太を忘れられないに決まっている。そこに俺は存在しない。
佐々美夏とは、このままの関係が一番だと思っていた。
今日は十二月二十四日。実は俺の誕生日だ。
放課後、突然佐々美夏に一緒に帰ろうと誘われ、駅に向かって歩いていた。
途中、井口屋の肉まんと書かれた登りを見た佐々美夏は、これ食べたいと叫び、さっさと肉まんを買うと、棒立ちになっている俺にひとつ渡してきた。
「お誕生日おめでとう! ムッシー」
面食らった。
「なんで誕生日のこと、それよりムッシーてなんだよ」
佐々美夏は笑い出した。
「そんなの石ちゃんに頼めば一発ですから。いつもありがとうございます。数学とかさ、助けてくれて」
「まあ俺クラス委員だしな」
「なにそれ、またムッシーの意味不明発言」
俺たちは、店の前にあるベンチに座り肉まんを頬張る。
少し冷めかけていた肉まんが無性に美味かった。
「でっ、ムッシーってなに? 虫みたいじゃん」
佐々美夏は、口のなかの肉まんを、なんとか飲み込むと声をたてて笑った
「あのね、村君のあだ名を考えたの。短くて可愛いのをさ。
で、その目が、シジミみたいじゃない。だから、村田のムとシジミのシを繋げるとムシでしょ。ムシじゃ可愛くないから、小さいつをいれて。ムッシ、またはムッシーどっちがいい? 選んでいいよ」
こいつ、また、何を言い出すんだ。それになんだよ、その得意げな顔。
「んじゃ、佐々美夏のこと、ササミって呼ぶぞ」
一瞬目が点になった佐々美夏は、今度は完全に肉まんを吹き出した。
「きたねぇなぁ」
「だって、ムッシーが悪いよ。さ・さ・み・か、だからでしょ。単純!」
「ばーか、お前の弁当のおかずが、ササミばっかだからだよ」
佐々美夏はまた笑う。
「ササミとムッシー。なんか可愛いね。誰にも教えたくないな」
「可愛くないし! 誰にも知られたくない」
「じゃぁ、二人の秘密ね」
目が合った俺たちは、同時に吹き出した。
冬休みに入り、俺は図書館でササミの勉強をみていた。本人やりたくないと文句を言っていたが、数学二十点、科学三十二点、英語二十八点と、見るも無惨な点数を見せられる俺が嫌だった。
ササミは交換条件を出して来た。勉強するかわりにダンスを見ること。新作だから、感想をちゃんと聞かせて欲しいと言われた。
なにも分からない俺に見せるなんて気が知れないが、ササミがそうしたいなら構わなかった。ササミのダンスは、見るたびに俺の気持ちを高揚させた。
俺の大好きなビートルズの「サムシング」で踊ったときは思わずアンコールをしたほどだった。
勉強の方も良い具合に結果が出て来ていた。年末最後の勉強会を終えた俺たちは、肉まんを食べにパン屋へ寄った。熱々の肉まんに猫舌のササミは大騒ぎだ。そんな姿を見ていると、どうしても言葉にしなくてはいられなかった。
「ササミ、俺、お前のこと」
だめだ。あの告白が蘇る。
ササミは、途中でやめた俺をじっと見ている。お互い視線を外せなくなっていた。
「ムッシー、私ムッシーが好き。大好き」
突然大声で叫ぶササミ。つられて俺も立ち上がり叫んだ。
「好きだ! ずっと好きだ!」
拍手が起きた。店のおばちゃんだった。
「やっとだね。今日はサービスするから」
そう言って、あんまんをひとつくれた。
ササミは半分こねって言いながら、俺に大きいのをくれた。
もの凄く甘くて、途轍もなく美味かった。
大晦日、大掃除を終えて、父親と年越しそばを食べながら紅白を見ていた。電話が鳴る。石川から初詣の誘いだった。少し遠いが学業の神様の氷川神社に行くことになった。
俺は、父親から渡されたお賽銭の千円を財布にしまうと、待ち合わせの氷川神社へ向かった。石川の賽銭は二千円だった。さすがの煩い石川も参拝のときは真剣だった
俺たちは帰り道、女子達が行くと言っていた浅間神社に寄った。
参道を歩いていると、背中を叩かれた。振り返るとササミとクラスの女子数人が立っていた。俺たちは、なんとなく合流して夜店を覗きながら歩いていた。
「村君は氷川神社に行った? あそこは学業にご利益あるし」
「佐々は行かないのか?」
ササミは大袈裟に、首を横に振った。
「私は、ここだけでいいの。美の神様だからさ、私にぴったり」
大真面目に言うササミを見ていると、笑うに笑えなかった。
突然ササミが、俺の腕を引っ張った。
「なに?」
ササミは、黙って松の木を指す。
そこには抱き合っている男女が! あれはどうも見ても阿部と吉村だ。俺は思わずササミの目を覆う。
「なに! 」
その声に前を歩いていた石川たちが振り返った。
ササミは俺の手を払いのけた。
内海が呟く。
「あれ阿部ちゃんと吉村じゃない?」
俺は、騒ぐ女子たちを追い立てると、そこから離れた。
石川が彼女の内海と、横山を送り、俺は、一人別方向のササミを送ることになった。
時折肩が当たる。手袋が触れ合う。それだけで息苦しくなる。俺の頭のなかは、さっきの阿部たちの姿がチラつく。突然ササミが立ち止まった。振り返ると、ササミが手を差し出している。俺は、ぎこちなくその手を取ると握りしめた。ササミが嬉しいと呟いた。
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