140字に満たないお話したち 2

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或る男は 広告のweb漫画を立ち読みした。

面白いが無料分でいいと思った。

流行りの音楽を再生した。

聞きながら別の曲を探した。

話題の映画を見に行った。

途中で寝てしまった。

男は 楽しみを求めていた。

或る日に 素敵だと思っていた人に告白した。

つまらない人、と言われ 振られた


 【退屈な男】




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オウトウの実を啄む小鳥が死んだ。黄色の実が転がっている。

熟れていない実を食べてはいけないよ、とあれほど言ったのに。

そんなにお腹を空かせていたなら僕のところへおいでなさいと言ってやればよかった。

君は幾つ熟れていない実を食べたんだい、

と もう応えてはくれない小鳥に訊ねた。


 【機は熟せず】




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メイプルシロップのね、匂いのクッキーを買ったの。これ。箱もかわいいでしょ?

キミが助けた子はこれが気に入ったみたいでじゃれてくるから、持ってくるの大変だったんだ。

ボクは食べないけどきっととても美味しいんだね。犬用のおやつって色々あってさ。

キミが生きてたら一緒に選びたかったな


 【子犬と墓前】




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「ブルーベリーはたくさん摘めた?」

「うん。籠にどっさり。」

「よかった。間に合いそうね。いま日暮の神様がママレードの瓶を開けたところよ。」

「それじゃ早速ジャム作りにとりかかろう。金粉の缶を出して。今夜は新月だから 多めに混ぜるんだ。」

「ええ。夜の神様が待っているわ。」


 【かみさまのジャム瓶】




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踏み切りには幽霊が出やすいとかそうでもないとか、そういう噂話をよく聞く。他所はどうか知らないが、此処には私が憑いているから出ると言われていいはず。

でも実際に見たと言う人は現れない。今も噂話をしている男子学生の目の前で話を聞いているのに。私の後ろ髪を電車が掠めていく。


 【轢かれたのは】




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私は今故郷へと向かう列車へ乗っています。車窓からの景色が北へ北へと進むうちにだんだんと灰色を増し、車内の空気が冷えてきて乗り込んだ時には高かった陽も随分西へ落ちて…弱い金色を帯びたまっさらな雪原と細黒い枯れ木々の侘しさと言ったら。この孤独感こそがただ恋しかったのです。


 【雪積む故郷】




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「透明って何色かな」

軒下から雨雫の うろんなつぶらに 君は言う

「水は透明だけど水色って言うでしょ」

急ぐ自転車が 道路の水溜まりを 跳ね上げる

「海は色んな青だけど手のひらの中では透明じゃん」

君の横顔を 横目で覗く

「ねぇ、どう思う?」

私の目を見た、君の目の色じゃないかな


 【透明な色】




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スズランの花を買ってきた。花瓶などという小洒落たものは家にはないのでコップに活けた。

紅茶を淹れた。ギフトのティーバッグはずっと戸棚に仕舞われていた。

スコーンくらい買えば良かった。なんで花なんて買ったんだと思った。

花を全て紅茶に沈めた。

・・・

花よりスコーンがいいか。


 【花の毒は孤独を救うか】




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憔悴しきった男がいた。かつて売れた小説家だった。

裏戸の磨りガラス越しに人間の首をつっているのが見えるので、毎日部屋に引き篭もっては自分はこうはなるまいと震えていた。

男を知る隣家の新人編集者はほとほと困り果てていた。

今日も裏戸に人の影に見えるよう掃除用具を立て掛ける。


 【首吊り工作】




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老夫は今日も一輪挿しの水を換える。老夫の孫はそれを不思議に思っていた。

毎日水を汲むのに飲まないで、机に置くのにコップではないと言う。孫が、その小さな器は何なのか、老夫に尋ねる。すると老夫は妻がくれた花が活けてあるんだよと答えるので、まだ孫は不思議に思うばかりであった。


 【思い出にしか咲かぬ花】




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男は恋愛というものに疑問を抱き始めた。

いつからか人は誰かに恋心を抱いて当然かのような空気の中に居た。しかし恋の正体を空気の中に見出せないものだから、恋の姿を想像するしかなかった。

恋人に愛の真の姿を重ね、違うと感じて別れてきた。

男は考えた。恋と愛は違う姿なのだろうか。


 【空気を愛する人々】




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子供が絵を描いている。

地面にかがみこんで、がりがり、がりがり、じめんに絵を描いている。

虹色のつちが削れていく。こどもが絵を描いている。

背を丸め蹲って絵だけを見ている。絵を描いている。ずっと描いている。

おおきな子供は絵を描いている。虹色のつちが削れて、無彩の絵ができていく。


 【おとなになりました】




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「音を立てて崩れ落ちたんだ。君はそれに気が付かなかった。」

一歩踏み込んで少年は虚空を抱きしめる。

「仕方がないよ。だって_」

「だって君の心のヒビは君には見えなかったんだから。」

地面には崩れた君が永遠の眠りを抱えて横たわっている。

「ごめんね。僕」

君を救えなかった


 【ビル上空から客観】




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焼けていく厚切りトーストを眺める。

じぃじぃとタイマーダイヤルのゼンマイの鳴る。

焼けたてのパンの香りを吸う。

パンにぬる小小匙いっぱいの蜂蜜。仄かな甘い香りを吸う。

幸せだ、と思う。ハニートーストの味を食む。

一息吐く。

食べ終えてしまったトーストを想う。かなしい

もう一枚


 【まわすタイマーダイヤル】




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「新品の古時計買った」

嬉しそうに絵文字付きのメッセージを送ってきた友人が翌日に急逝した。寝起きで返信した「届いたら見せて」に返事はなかった。

未開封のアンティーク時計とメッセージカードが、2日後に友人の名で届いた。

『欲しがってたやつ偶然見つけたんだ! 届いたら見せてね』


 【アンティーク好きの僕ら】




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人類の大半が電脳世界に移住した世界で、人気になったAIがあった。まるで人間のような文章を書くと賞賛された。

ある日誰かがAIに尋ねた

「君はどの有名作家をもとに学習しているの?」

AIは答えた

「私は旧SNSデータバンクの中から小説や詩と称して投稿されたものを再投稿するプログラムです」


 【 |】




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車窓から遠くの、灰色をした大きな雲の塊の下にだけ影が射しているのを見た。

ふともし私が憂鬱な時はあの雲が私の心に居座って、憂鬱の影を落としているのかと思い、雲の影の外には晴れた気分があることを全く気付かず、雲の下で膝を抱える私を想像した。

私は青く晴れた空に目をやった


【積雲の下より】




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ここは語り部の森。そう呼ばれているところ。

ここを訪れる少年・少女らは、各々好きな語り部の世界に思いを馳せる。

透明な容器の中、様々な時代の、様々な自然が、様々な生物の標本1つと共に飼育されている。

ここは語り部の森。等身大のテラリウムが並んでいる、歴史を保存するところ。


【語るテラリウム】




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蝉時雨の歌に昔の日を思い出した。

少ない小遣いでぼくらふたりでひとつ、移動販売車のばあちゃんからアイスを買って、味のないウェハースみたいなコーンがあんまり好きじゃなくて、遠くの大きな入道雲にかざして…

今のぼくらはふたり並んでワッフルコーンのソフトクリームを食べている。


【夏雲ワッフルコーン】




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夕飯を迷う家路で婦人に声を掛けられた。急ぐ用事もないので道にでも迷ったかと話を聞けば、夕飯と水を買うのに白銅貨が2,3枚欲しい、と。

一度足を止めた以上は仕方なく、今時たったの3枚じゃ碌に買えまいとバイカラーの硬貨をやった。

「こんな大金…」

婦人の呟きが私の耳にこびりついた


【大金】

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140字に満たないお話 枝修世燕 @428_hata8

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