140字に満たないお話

枝修世燕

140字に満たないお話したち

-1-


仕事帰り 濃い影を踏み

帰宅して 小さな6畳間の部屋

煌々と金の月明かりがさす


ポツンと置かれた座卓

ひっそり影を落とす婚約指輪

一枚の書き置き


緑色をくっきり映す光源を憎いと思った。


 【月は綺麗でした】




-2-


アップルパイのかおりがする。

パタパタと風を追い地面を駆けていく枯葉に、着いていく足を止めた。

シャッター街の隙間に一角、まだ綺麗なパン屋さんの看板。

冷たい空気に滲む、あたたかな光。

カランと陽気なベルの音で、

全身があまいかおりに包まれて。


【秋渇き】




-3-


キンモクセイの花が散る。

濃い秋の色はすっかりと、散歩道を その色で埋めている。


そろそろ咲くだろうかと楽しみにしていた。

リードがわたしの手を離れて、はしゃぐ彼女が花にも負けずと散ったのは、

もうひと月、前のことだった。


 【事故】




-4-


今つい先程今し方、

冷えた水が飲みたくて近場の自販機に足を運んだわけです。

星なんかは見えませんでしたが、ただの1つもない人影車影昼間の面影、看板光るだけのコンビニに、冷え込む空気をかさっと羽織った冬物ダウンの肌で感じまして。

ボトルの落下音もあんなに静かになるのですね。


 【音】




-5-


あなたはこういう時だけ甘えた声を出すのね。

なんて拗ねていた頃もあったでしょう。秘密ね、なんて言ってふたりきりの時間を作ったりもしました。

今はすっかり年老いたあなた。

頼まれて仕方なく引き取ったはずなのに、寂しいものね。

私の家に来てよかった?

なんて 言ってくれるかしら


 【一人、一匹】




-6-


手中の液晶に、ぽつとひと雫の雪解け。

空を見上げた顔がはらはら降り始めた牡丹雪に濡れる。

じんと熱の籠もる目元鼻先には心地良く感じても、指先は少し痛むくらいには冷えきった。

赤ランプの点る液晶をポケットに、手ごとぎゅうと押し込み帰路につく。

雪にひとり分の待跡だけ残して。


 【待ち惚け】




-7-


微睡み


とんとん。

戸を叩く音がする。


眠るまで

あと少し


とんとん とんとん。

とん、どん、 がた。


ぴいぴいと高い音も近づいて来て、ぐらぐらと大きく揺れる。


除雪の時間か。

そう思いながら

夢におちた


 【夢現】




-8-


腐り落ちる果実の自重。


コンクリートに潰れた果肉に足を止めた男の目が映すのは生気の枯れた虚しさだ。

飛び散った果実から数センチ、スーツの裾はくたびれ薄汚れた革靴に艶はない。

捨てられたプラスチックトレーの音は

瑞々しい支え木から手を放してしまった末路を嘲った。


 【腐敗】




-9-


不幸の受け皿がひとつ見つかった。

場所は3人の女性が談笑するテーブル。話題は職場の愚痴。

ガトーショコラをフォークで刺しながら不満が止まらない1人。フルーツパフェをスプーンで掬いながら文句を言う1人。

冷めた紅茶を一口飲んで、それは辛かったわね、と相槌をうつ ひとり。彼女だ。


 【不幸の受け皿】




-10-


不要紙の山の一番上に婚姻届のコピーが見えた。ペーパーナイフを持つ手がとまる。

雑誌付録の華やかなデザインも今は空しく、机上に置き放しだった離婚届の簡素さが嫌に鮮明に蘇る。

メモ切れにする為にコピー用紙を手に取った左手の 結婚指輪のあとはまだ消えない。


# 離婚届と婚姻届とナイフの三つを使って文章作ると性癖が分かる

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