第11話ここ掘れニャンニャン

 その様はまるで、ここ掘れニャンニャン――。


 私の中に稲妻のような直感が奔った。




「まさか――オスシ、その箱を開けろってこと?」




 ニャフ、とオスシが鳴いた。


 ニャフ。おそらくはネコ語で「Yes」の意味なのだろう。




「おや、奥様、失礼ですがあの箱は……」

「え? なにか開けちゃマズいんですか?」

「いえ、マズいと言うわけではないのですがね――」




 服飾係のおばさんはそこで言葉を濁した。




「この衣装室の中身は、旦那様のお母上が身罷られたとき、これでも服飾商にあらかた整理をお願いしているんです。あの箱の中身はその時に服飾商が買い取りを拒否した衣装……つまり廃棄予定品なのですよ」




 要するに、貴族令嬢ともあろう人が廃棄予定の服を着るのか、ということらしい。


 なんだそんなことか、と私は拍子抜けした。




「大丈夫ですよ、中を見るだけですから。それに言うじゃないですか、残り物には福があるって」

「ま、まぁそうなのですが――」

「まぁまぁ、安心してください。私が気に入らなかったら着ませんから。よーしオスシ、一緒に中を開けてみよう」




 にゃう、とオスシが返事をした。


 私は厚く積もった埃を吐息で散らすと、荒っぽい手付きで箱の蓋を開いた。




 途端に――物凄くカビ臭い臭いが立ち上ってきて、私は思わず咳き込んだ。


 うわぁ、本当に古いものなんだなぁと顔をしかめてから箱の中身を見た私は――。




 瞬間、箱の中からこちらを見返してきたつぶらな瞳に、思わず目を見開いた。




「こっ、これは……!?」




 私は思わず大声を上げ、箱の中に封印されていた禁断の衣装を両手で持ち上げた。


 途端に、服飾係のおばさんがぎょっと目を見開いた。




「おっ、奥様! それは……!?」

「――これは驚いた、まさかこの屋敷にこんなものが保管されていたなんて……!」




 私はキラキラと目を輝かせ、そのつぶらな瞳を見返した。




 これだ。私は一発で確信した。


 この派手さ、そして可憐さ、何よりも奇抜さ、アホくささ。


 この衣装であればきっとアデル様も気にいるに違いない。




 うっとりとその衣装を見つめる私に、服飾係のおばさんはますます慌てたらしかった。




「おっ、奥様! まさかそれを着て旦那様の前にお出になられるなんておっしゃいませんよね!?」

「もちろんそのつもりです! これだ! まさしくこういうのなんですよ! 私が求めていた衣装は……!」

「おっ、おやめください奥様! こんなもの着て歩くなんて、貴族令嬢としての奥様のご人体に関わりますッ!!」




 服飾係のおばさんは血相変えて私に翻意を促した。




「こっ、これは数年前に当家にやってきた去る大道芸人が忘れていった衣装で、そもそも貴族がお召になるような衣装ではないんです! どうぞそれ以外の衣装にしてください!!」

「いやいや、私は気に入りましたよ。これならきっとアデル様だって拒否反応を示さないはずです! それに何よりもこれ! 何と言ってもこの部分がファンキーで……!」

「だからそれがいけないと申し上げているんです!」




 いきり立ったように悲鳴を上げ、服飾係のおばさんはぶんぶんと首を振る。




「その部分、まさにその部分がよろしくない! いいですか奥様、それはその、そもそも男性がですね、くだらない笑いを取るために、その、そのようにしている部分でありまして……!」

「わかってます! だからこれがいいんです!!」




 私が一層顔を輝かせると、ウッ、と服飾係のおばさんが仰け反った。




「こんなアホくさい衣装、貴族が着ることなんて絶対ない! だからこそ目立つ! 派手だし笑顔に満ち溢れる! 全責任は私が取ります! 今晩はこれを着てアデル様につきまといます!!」




 私の言葉に、服飾係のおばさんは眉間に深い皺を寄せ、おずおずと口を開いた。




「……ほ、本当に、よろしいので?」

「はい! 服飾係のおばさん、あなたには絶対に責任を負わせたりしませんから安心してください! それどころかアデル様によくやったと褒められるようにしますから!」

「そ、それはよかった……。失礼ですが奥様、私はたった今、強く強く奥様をお止めしましたよ? おわかりですね? それでもそれをお召になられると?」

「オールオッケーです! よぉぉぉぉしアデル様、待ってろよ! 必ずやあなた好みのお飾りな妻になってみせますからね! ――そうと決まれば早速ここで装備していきましょう!」




 私は拳をぐっと握り締め、その衣装を飽くことなく眺め続けた。




◆◆◆



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